パン工場新人潰しのおじ
おじの働く工場は常に人手不足に悩まされている。
そんなある日、一人の新人がおじの工場にやってきた。
「今日から新しく工場の仲間として入った陰くんだ。自己紹介できるか?」
「……陰っす。始めたばかりで皆さんにご迷惑かけると思いますが、頑張っていきますんでよろしくお願いします」
工場長に促され自己紹介した新人に、工場のメンバーはパチパチとまばらな拍手を送った。
「声が小さいで!男ならもっと腹から声ださな!」
おじの一際大きな声援が工場中に響いた。
若干凍った空気を変えるように工場長がフォローを入れる、
「あー、あの無駄に元気いっぱいのハンサムがおじくんだ。これから陰くんはあの先輩の下で教わってもらうよ」
「……っす」
陰くんはおじをちらりと一瞥すると、目を伏せ、どこか心あらずという表情を浮かべた。
「おじは新人には優しいで!何でも頼ってええんやで」
ファハハとおじの笑い声が響く中、その日の朝会は終わった。
***
「おじや、よろしくな」
おじは早速陰くんに自己紹介すべく、握手を求めた。
「……」
陰くんはおじの出した手を骨董品を値踏みするかのように眺めると、しぶしぶと手を差し伸べてきた。
「あのな、おじこの工場で唯一大卒やねん。陰くんは何卒や?」
「高卒っす」
「陰くんは大学行きたかったか?」
「いえ……」
「そか」
おじは心の中で陰くんの煮えきらない態度に毒づいていたが、
「仕事のやり方教えたるで」
と言って作り笑顔を浮かべ、バイト初日の陰くんにマンツーマンでみっちり仕事を教えていくのであった。
***
翌日。
おじは始業時間の10分前に出社していた。
「おはようございますやで!」
おじの朝の挨拶は力の限り叫ぶことから始まる。
「……」
始業時間ギリギリ、陰くんは出社してきた。
(あれ?陰くん挨拶してこんな)
おじは、新人が挨拶するのは当然だと思っているので、陰くんの方に近づいていくと、ゴホンとわざとらしく咳払いした。
「……」
咳払いをするおじを見て、陰くんは顔全体が隠れるほどにマスクを深く付け直す。
(なんで新人のくせに挨拶して来んねん!)
おじは仕方なく、自分から挨拶することにした。
「おはよう陰くん」
「……っす」
「陰くん後輩なら自分から挨拶できるようならんとアカンで」
ジリリリリリ。おじの声をかき消すように始業のベルが鳴った。
朝会の場にみんなが移動し始める。おじがふと後ろを振り返って陰くんを見ると、険しい顔つきをしている彼と目があった。
***
「陰くん。お昼一緒に食べよや」
昼休み。仲間とワイワイお昼を食べていたおじは、視界の端で一人で黙々と昼食を取っていた陰くんが気になって声をかけた。
「気、使わなくていいっすよ」
「イヤッ!そういうんじゃないねん」
「俺一人でも全然平気なんで」
陰くんはそう言うとエナジードリンクを豪快に飲み始めた。
「おじが話さなかったら辞めるやろ?」
「え?」
「輪に入れなくて一人ぼっちになるやつは、だいたいすぐ辞めてくねん」
「今はやめる気そんなにないですよ」
「それはおじのおかげやろ」
「……」
陰くんは話しかけてくるおじを
おじは何とか話題を探そうと、頭から爪先まで舐めるように陰くんをジロジロ見ると、彼の作業靴にペンで名前が書かれていることを見つけた。
「あっ、陰くんの靴に名前書いとるやん(笑)小学生みたいやな(笑)」
「これは、みんな同じ靴だから分からなくなると思って」
陰くんは顔を赤らめ、いつにもなく早口で弁明を始めた。
それを聞いたおじは急に立ち上がると、他の工場の同僚に向かって、
「みんな見てくれ!陰くん靴に自分の名前書いてるでぇ!」
と更に陰くんをいじり始めるのだった。
***
終業のベルが鳴る。
「今日も一日お疲れっしたー」
工場で働く人達はやっと解放されたと安堵の表情を浮かべ、さっさと家に帰る準備を始める。
「陰くんもおつかれやで」
「……」
おじは帰りの支度をしていた陰くんに後ろから声をかけたが、返事は返ってこなかった。
(あれ?聞こえなかったんかな)
おじは陰くんが気づくように後ろから陰くんの肩をバシッと叩いて肩に手をおいた。
「おつかれやで!」
陰くんは無言でおじの手を払い除けると、首だけおじの方へ向け、
「触ンなよ」
とおじのことを睨みつけた。おじは陰くんの態度が急に変わったことに驚き、
「ご、ごめんやん」
と言って手をスッと引っ込めると、陰くんに謝罪した。
「……」
陰くんはおじの謝罪に何の反応を示すこともなく、スタスタと足早に工場を立ち去っていった。
「ちっ何やねんあいつ。最近の子は何考えてるかわからへんわぁ」
***
翌朝。いつも通りおじは始業時間10分前に出社していた。
「おはようございますやで!」
「おじくんもうちょっと挨拶のボリューム落としてくれるかな」
「すみません、工場長」
おじが挨拶の声量について工場長から注意を受けていると、陰くんが出社してくるのが見えた。
「おっ、陰くんおはよう。今日はギリギリ出社じゃないねんな」
陰くんは話しかけてきたおじを無視して、工場長の机の前まで来ると、手に持った封筒をバン!と工場長の机に叩きつけた。
「ん?」
陰くんが机の上に置いた封筒には退職届と記載されていた。
「俺もうこの工場辞めるんで」
切羽詰まった口調で言う陰くんに、工場長が諭すような声で話しかけた、
「どうしたんだい陰くん。陰くんはまだ入って3日目じゃないか。なにか嫌なことでもあったのかい?」
「そいつっす」
陰くんはおじの事を指差した。
「え?またおじ何かやっちゃいました?」
「おじさんのパワハラがひどいんで辞めます」
「イヤッ!おじがいつパワハラしたねん!あんま適当なこと抜かすと
おじがまさに陰くんに掴みかかろうとした所を工場長が制止した。
「おじくん、落ち着きなさい。陰くん、おじくんには私の方から厳しく言っておくよ。まだ始めたばかりだし、何とか思いとどまってくれないか?」
「いや無理っす。工場長も俺の靴に名前書いてたの馬鹿にしてましたよね」
「いやそれは……」
工場長はその後も必死に退職を引き留めようとしたが、陰くんは本当に工場を去っていった。
「はぁ~~~」
工場長が大きなため息をつく。
おじはその様子を見て気まずそうに言い訳を始める、
「あいつ全然喋んないし何かおかしいねん」
「いいかおじくん。工場が一人、人材を募集するのに50万円かかるんだ。今おじくんのせいで50万円分の損失が出たんだよ」
「イヤッおじに落ち度はないで。あんなのを通した面接官が悪いねん」
「おじ!お前は3ヶ月減給処分だ!」
こうして給料を減らされたおじは、自分の行いを深く反省するようになったのでした。
HAPPY END
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