パン工場から追放されたおじ

「おい、またFAX来てるぞどうなってんだ!?」


ここはおじが働くパン工場。

このパン工場では連日奇妙な事件が起こっていた。


「アカン。もうやめてくれ」


おじの祈りも虚しく、FAXは短い電子音を鳴らしたあと何かを印刷し始めた。

しかし印刷される内容は毎日同じものなのですでにおじには予想がついている。


職場のみんなが顔を合わせてFAXから印刷されたものを覗き込むと、そこにはいつもと同じ画像即ち――配信中のおじの顔を切り取った画像が印刷されていた。


「またおじくんか!」


工場長が怒りの声で叫ぶ。


「イヤッ。おじじゃないねん。おじに恨みのあるネトチルがこんなことしてんねん。警察行ったほうがええですやで」

「お前の顔が印刷されてんだからお前が警察行ってこいよ。当たり前だけどこれは業務じゃないから時給は出ないぞ」


「じゃあおじは警察いかんで」

「なにっ?」

「おじは別に何も困ってへん」


そのおじのスカした態度についに工場長がキレた。


「お前は今日でクビだ! この工場から出ていけ! 大卒野郎が!」

「おじはまだパンの焼き方教えてもらってへん。こんなことでクビになるんはおかしいで」

「おかしいかどうかは俺が決める。どうせネットで悪いことでもしてるから嫌がらせされるんだろ」


工場長の一言におじは顔色を変え反論した。


「おじはネットで正しいことしかしてへん!」

「うんクビ」

「なんでやねん!」

「さあ荷物をまとめるんだおじくん」


そしておじは無理やり解雇された。



***



「うっうっ」


おじは涙していた。


パンで起業するのが夢だったおじはパン職人になるため、腰を痛めてもパン工場で長らく頑張っていた。なのにも関わらずあっさりと路頭に迷ってしまったのだ。


『お前は今日でクビだ! この工場から出ていけ! 大卒野郎が!』

『高学歴なのに工場勤めるなんてなんか怪しいと思ってたんだよな』

『パンを舐めるなインテリ眼鏡!』


おじが辞める際にみんながおじに浴びせた暴言が思い返される。

しかも結局一度もパンを焼かせてもらえぬ内にクビになってしまったのだ。


「おじ許せへん。おじを追放したパン工場にギャフンと言わせたる」



***



そして1ヶ月後。


おじはかつて働いていたパン工場の隣に念願の自分のパン屋を立てた。

おじの元職場は――パン工場と言っても、同じ建物内に作ったパンを売るスペースもあるので実質パン屋みたいなものだ。


なので現在はおじを追放したパン屋(+パン工場)とおじが新しく作ったパン屋が2つ隣立ってる形になる。


「おじのパン屋新装開店や! ベーカリーショップ――オジルヘイム奇跡の開店やで!」


おじは店の前にたち、拡声器を掲げ呼び込みを始めた。


「おじのパンは安いで! お前ら! 安いパン好きやろ!」


おじが近所迷惑も考えずに騒音を撒き散らしていると、隣の工場から工場長が出てきて、おじの前までやってきた。


「何のつもりだ、おじくん」

「え!? 工場長覚えてはったんですね、おじのこと」

「ああ。今でもFAXでおじくんの顔が毎日送られてくるからな」

「ほーん」


おじが辞めた後も、工場への嫌がらせは続いているようだ。


「今度はうちの隣にパン屋を立てて営業妨害か。今では全部君が仕組んだことだと思ってるよ」

「イヤッ! それはオマエラヤンの考え方やで? おじは営業妨害とか考えてないねん。お客さんからしてみれば安くて美味いパンが食えるのが一番やろ?」

「いい度胸だな。パンをまともにこねたことない素人がうちの店に勝てると思うなよ」


工場長は吐き捨てるように言うとそのままパン工場の方へ歩いていった。



***



おじが必死に声を張り上げて集客したかいあってか、おじの店にはチラホラと客が来店してくるようになった。


「お買い上げありがとうございますやで」

「なんだこのパン。やたらと固いぞ」


来店したお客さんがおじのパンをひと口試食してそう言う。


「そのパンは世界で一番硬いパンやで」

「世界で一番硬いパンだと? 俺が今まで食ってきたパンは全部柔らかいものだった。こんなもの食えたものではない」

「そのパンはな、スープに付けて食べるんやで。おぢスープの試食もあるから試してみてな」


客は用意されたスープにパンをひたして食べ始めた。


「な、なんと! あんなに硬かったパンがスープを吸うとこんなに柔らかくなるだと!? 信じられん!」


おじのパンに対する深い知識に驚いた客はおじのパンを大量に購入していった。


「お買い上げありがとうございますやで」



***



おじのお店は開店から徐々に軌道に乗り、客が行列を作るほど繁盛していた。

逆にパン工場の方では良くないことばかりが続いていた。


「工場長! オジルヘイムに客を奪われたせいで店の売上が落ちています!」

「ちっ」


工場長にとっておじの店は目の上のたんこぶだ。

工場長がどうしたものかと考えていると、いつものごとくFAXが短い電子音を鳴らし作動し始めた。


「またFAXが来てるな」


おじが辞めた後も、毎日おじの顔をFAXしてくる嫌がらせは止まることがなかった。

工場長がFAXのトレイを見ると、印刷されたおじの顔と目があう。それがまた、工場長の神経を逆なでするのであった。


「毎日毎日ご苦労なこった。――いや待てよ。これは使えるかもしれん」



***



次の日。おじが店の前に来ると、すぐに異変に気づいた。

おじの店の外壁には――おじの顔が印刷された紙がびっしりと貼り付けられていたのだ。


「なんやこれ」


おじは貼り紙の一つを手に取って見てみる。


「どういうことや?」


おじがしばらく貼り紙を眺めていると、隣の店から工場長が現れおじに声をかけた。


「おじくんも大変だね。こんな嫌がらせされて」

「お前らがやったんやろ?」

「いいや、俺は知らない。おじくんのお客さんが貼ったんじゃないかな」

「おじのお客さんがこんなことするわけないやろうが!」


おじが大声を上げるが工場長はおじの顔ではなく別のところを見ている。


工場長が貼り紙の一点を食い入るように眺めていたので、おじも一緒になって貼り紙を見た。するとある違和感に気づいた。

張り紙の1枚が風に煽られて裏面が見えるようになっていたのだ。


「この貼り紙の裏に書かれてる文字は工場長の字やな?」


そこには『オジルヘイム閉店計画』と手書きの文字ではっきりと書かれていた。


「そういうことか。この貼り紙は全部、工場長が裏で糸引いてるんやな」

「なんのことだかわからんね」


工場長の顔には明らかに焦りが見えた。


「もう騙されへんぞ。お前はおじの店を潰す気やな!?」

「……」


工場長は何も言わないが、その態度がおじの推測を肯定していると示していた。


「同じパン屋なら正々堂々と戦わんかい!」


おじが得意の正論をかざしたその時、おじの店からパン工場のリーダーが出てきた。


「倉庫の方に今日の廃棄運んどいたよ」


工場長は、まさかリーダーがおじの店にいるとは思わなかったようで――驚いたようにリーダーに話しかけた。


「ん? リーダーくん何をしている?」

「はわわ工場長」

「な、なんでお前がうちの店にいんねん!」


おじは何かを誤魔化そうとするように大声を上げたが、誰が聞いても棒読みで明らかな演技だった。


「店に入るぞ」


工場長は周りの制止を押し切っておじの店の中へと入っていく。


「ま、待ってくださいやで」

「なんだこれは! 全部うちの店のパンじゃないか!」


なんと、おじの店の商品は全て隣のパン工場で生産されたものだったのだ。


「イヤッ、へへへっ」


工場長の後ろから店に入ったおじが、乾いた笑いを浮かべる。

工場長はおじの胸ぐらをつかむと、


「どういうことだ説明しろ!」


とブチギレた。


「すんません工場長!」


口を開いたのはリーダーだった。リーダーは申し訳無さそうに説明を続ける、


「南のやつがうちで廃棄するパンが欲しい言い出して。俺も丹精込めて作った自分のパンが捨てられるよりかはいいかと思いまして……」

「それだけじゃないだろ」

「え?」

「金だろ金! 廃棄のパン渡す代わりに金貰ってんだろ?」

「はい……でも微々たるもんで」

「それ以上にうちの店の売上減ってんだよ!」


工場長の叱責は長く続いた。


「工場の売上が落ちれば廃棄が増え、おじの店に流入するパンは更に増えていく。おじの完璧な作戦勝ちや」


おじはドヤ顔で言った。


「ええい盗人猛々しいぞ! しかも何だ――この焼きすぎて固くなったパン。うちの店でこんな出来損ないパンを焼く人間はおらんぞ」

「それは消費期限間近のパンの消費期限を伸ばすために再加熱したものやで」

「お前は……このっ」


工場長はついに堪えられなくなり右腕をおおきく振りかぶると、おじの頬を思い切りビンタした。


「パン屋を舐めるな!」



その後おじの店は営業妨害で訴えられ閉店した。



BAD END

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