おじvsよの

「ハァ…ハァ…」


深夜、人の居ない路地裏で一人の男が息を切らし何者からか逃げていた。


「くそっ! 俺はチャットで現実知らずの若造をちょっと煽っただけじゃねえか」


男が後ろをチラチラ見ながら走っていると、

ドン! と何者かに正面衝突し、男は尻もちを付いた。


彼が目線を上げるとそこには、腕組みをしたおじが立っていた。


「ロン。お前ネットでおじの悪口言ってたよな?」

「うわぁぁぁぁああああ!!!!」


そう、男の正体はおじ部屋で誹謗中傷を繰り返していたロンだったのだ。


「お前らまさかこの期に及んで言い逃れできるなんて思ってへんよな?」


おじは抑揚のない冷たい声でそう言い放つ。


「ネットの私情を現実にまで持ち込むなんて頭おかしいぞ俺は――」


ひざやな」


おじは男の言葉をまるで聞いてないようで、膝の具合を確かめ始めた。


「ちょっ! まってくれ、警察沙汰になっても良いのか!?」


おじはその言葉に反応し、男の頭を掴んで持ち上げると、


「これはお前から始めたんや」

「ま、待て! 本当に通報するぞ!?」

「お前から先にチャットでおじに心の暴力振るってそれはおかしいやろうが!」


と叫んで、容赦なく膝蹴りを入れ始めた。


男はそのまま意識を失った。



***



しばらくして、デュラチャでは噂が流れていた。


「ロンが行方不明者になったらしい」


どこからか情報を仕入れてきたのかソフィストがそう言った。


「ロンさんあんなに元気だったのにどうして」

「デュラチャ上で語り継がられてる都市伝説があるんだ。おじに膝を入れられると二度とデュラチャをできなくなるんだってね」

「なにそれこわ……」


デュラチャでは年間何人もの行方不明者が出ている。そのうちの一部はおじが原因なのだ。


「お前らなんもわかっとらん!」


おじの甲高い一声が部屋中に響き渡った。おじは説教をするように話し始めた、


「デュラで悪いことしてる子はな、本当はチャットを辞めたいねん」

「そうなの?」

「わかるやろ。無キャも最初はあんなやってん。おじに膝入れられた後は憑き物が落ちたように好青年になったやろ」

「いや知らんけど」

「おじの膝にはな、魔を打ち祓う力があるねん。お前らも引退させたろかファハハ」


おじの笑い声だけがこだましていた。



***



時は流れ、2023年10月。


「よの……よのォ!!!」


10月7日のよのとの対決が実現しなかったおじは、よのの血を求めて飢えていた。


「どこや! よのぉ!」


よのもガジガジも既にリアルで集まることは無いと思っている。


「諦めへん。おじは絶対によのをボコすねん!」


しかし、おじは対決が実現すると信じて毎日よのの気配を求めて日本橋を徘徊しているのだ。


「まんてんジム……」


気づけばおじは対決の約束をした場所の前まで歩いてきていた。


「そういや、よのはここのジムの経営者と知り合い言うてたな」


おじはよのの痕跡を探すため一縷いちるの望みをかけてジムの門をくぐったのであった。



***



「いらっしゃいませ。ご予約はされてましたでしょうか?」


おじがジムに入ると、受付の男がノートパソコンを畳んでおじに話しかけてきた。


「お前らよのって知ってるか?」

「いえ、存じ上げておりませんが……」


受付の男は何を言ってるんだこいつという真顔でおじのことを見つめた。


「お前ら嘘つきやな」


しかしおじがそう言った瞬間、受付の男の表情が険しくなった。


「申し訳ありませんが、お客様が何を言ってるのか――」

「おじがジムに入ったときな、お前PCでデュラチャしてたやろ。しかもBOT使って荒らしてな。お前はよのの弟子やな?」

「ちッ! バレちまっては仕方ない」


男は態度を豹変させると、急におじに襲いかかってきた。


「死ねえええええええええ!」

「おじパンチ!」

「ぐぁあああああ!!」


男は倒れ、そのまま意識を失った。


おじは無言でキャスを開くと、倒れた男を撮影し配信を開始した。


「よの見てるか? 今お前の弟子をおじがシバいたで。お前が来ないとどうなるかわかっとるやろうな?」



***



配信を開始してから数十分後。


おじは受付の男を倒した後、店の入り口を施錠していた。その扉が今まさに、ドンドンと激しく叩かれ音を立てているのだ。

おじは緊張した面持ちで店の入り口の施錠を解除すると、ゆっくりと扉が開いた。


そこにはロングコートで身を隠した仮面を被った男が立っていた。


「お前がよのか?」

「そうだ。俺がよの。デュラチャの悪を全て背負う男さ」

「お前が何年もに渡っておじを誹謗中傷してきた事忘れてへんやろな?」

「お前はいちいち自分が正しい事を言った事を覚えてるのか?」


そう、よのにとっておじを誹謗中傷するのは息をすることと同じくらい当たり前のことだったのだ。


「よのぉぉぉぉ!!!!!」


おじが興奮しよのに殴りかかるが、よのはあっさりとそれを回避した。


「奥に行こうぜおじ。戦うための場所が用意してあるんだからさ」



***



このジムは個室がいくつもあるタイプで、1つあたりの部屋の広さは学校の教室をひと回り小さくした程だ。


「ルールは総合格闘技。ダウンしてから10カウント立ち上がれなかったら負け。だったか?」

「何をぬるいこと言うてんねん」

「あぁ、そうだったな」


一度暴れ出したおじがルールを守って戦うなんて不可能なのだ。


「おじはもう、お前の首の骨へし折るまで止まらへん」

「じゃあ俺もルール無用で本気出すとするか」


よのがコートを脱ぐと、その下からは鍛え抜かれた肉体が現れた。


「よの、お前ヒョロヒョロじゃないんか!?」

「俺を甘く見たな。毎日筋トレしてるのはお前だけだと思うなよ行くぞ!」


よのは一気に距離を詰めると、右腕を振りかぶって突き上げるようにおじのみぞおちを殴り飛ばした。


「ぐぼぉあッ!」

「おらもう1発ッ!」


よのはおじに強烈な一撃を食らわせ、まともに立っていられなくなったおじに膝を突き立てる。そしてそのままおじを担ぎ上げると、


「うぉらぁッ!」


一気に持ち上げて背中から地面に叩きつけた。


「ぐはぁああ!!」

「10カウント、数えてやるよ。10……9……8……」

「……おじはまだ負けてへん」


おじがよろよろと立ち上がりかけると、よのは、


「おっとカウントはいらないんだったな」


と言っておじの腹部を狙いミドルキックを放った。

不意打ち気味の蹴りだったが、おじはよのが放ったその足をしっかりと受け止める。


「捕らえたで」

「くっ離せ!」

「ここからはおじのターンや」


おじはよのの足を持ち上げると、そのまま力任せに引きずり倒した。


「ぐはっ!」

「このままマウント取ったらおじの勝ちや!」


おじはすぐさま倒れたよのに飛びかかろうとする。


「俺にマウント取ろうなんて100年早い」


しかし、おじが飛び出した時にはよのは既に直立状態に移行していた。


「なっ早すぎへんか!?」


基本姿勢ホームポジション。タイピングを極めた俺が得たスキルだ。おじ、お前は肉体能力スペックでも技術スキルでも俺には及ばない」

「お前は何を言ってるんや」

「わからないか? ならお前にも分かるように教えてやる。俺は1秒間に16回タイピングできる。つまり、お前の身体を1秒で16回突けるということだ」

「んなアホな!」

「じゃあいくぞ。閃光打鍵フラッシュタイピング!」


よのは高速で移動し、おじの懐に潜り込むと、目にも止まらぬ速度で高速の拳を浴びせた。


「オラオラオラオラ遅えぞおじィ!」

「ぐぁぁぁぁぁぁあ!!」


おじはボロボロになって吹っ飛んでいった。


よのは地面に伏したおじを指差し、


「貴様に俺は倒せない。お前が俺より優れてる所なんて一つもないんだよ」


と高らかに勝利宣言をする。


「……イヤッ、あるで」


おじが片膝を付いて立ち上がる。


「なに?」

「おじがお前に勝っている所、それは"想い"や」


おじは拳を顔前に持ち上げると、再び拳を固く握りしめた。

今度はおじから踏み込み、自らよのの間合いに飛び込んでいく。


「ハッ! 遅い遅い! 閃光打鍵フラッシュタイピング!」


よのの乱打がおじに当たるが、おじは動きを止めなかった。


「よの、お前の拳は軽いねん。なんでかわかるか?」

「オラオラオラオラオラ!」


よのは拳を緩めないが、おじに攻撃は効いていないようだ。


「お前の拳には”魂”がこもってへんからや」


ついにおじは正面からよのの両肩をガッチリと掴んだ。


「おっおいやめろ! 金的及び目潰しは禁止だぞ!」

「本気でおじがそんな汚い手使うと思っとるんか?」

「汚い手で触んじゃねぇ離せ!」

「よの。二度と悪いことせんよう覚えとけ。

これがおじのぉぉぉぉ―――膝やぁああああ!!!!」


おじの放った膝蹴りはよののみぞおちに吸い込まれるようにヒットし、よのは一瞬身体をくの字に曲げると、綺麗な放物線を描いて宙を舞った。


よのはそのままジムの壁に叩きつけられ落下し、ピクリとも動かなくなった。


「これで終わりと思ってへんよな?」


おじは無言でよのの方に近づき言った。

ピクリとよのの指先が動いたかと思うと、よのは何とか身体を引きずり壁を背にもたれかかり、おじを睨んだ。


「……ハァ……ハァ」

「無キャが歯折られるまでいったんやぞ。無キャより悪いことしてるやつがそれで済むと思うか?」

「……やれるもんならやってみろよ」


よのがおじを挑発した。その時、


「乗るなおじ!」


ジムの個室に入ってきたのは配信を見てかけつけたセコカンだった。


「どうしたんやせこ。おじは今からよのにとどめを刺すねん」

「よのは最初からそれが目的だったとしてもか?」

「なんやて?」

「くっ、ハハハ!」


その時、壁に寄りかかりぐったりしていたよのが高らかに笑い始め語りだした、


「そうさ、俺の目的はおじの膝で引退させられること。この勝負どっちに転んでも俺の勝ちなんだよおじ」

「なん……やと……」

「それによのに傷害を負わせたらそれこそ警察に泣きつかれ示談じゃ済まないだろうな」


と、セコカンが補足を付け加えた。


「よの、おじをハメたんか?」

「ハメるも何もおじはずっと俺の手のひらの上さ」

「……」


おじはしばらく考え込むと、


「いいこと思い付いたで。よのにはおじの人生を体験をしてもらうで」


と言ってよののことを引っ張っていった。



***



「よの、ついたで」


翌日の朝、よのはおじに連れられ、大阪まで来ていた。


「おい、ここはどこだ?」


アイマスクを外したよのが問う。


「よのがこのままだと一生できない体験させたろおもてな、おじは考えたんや。ここはおじの職場やで」

「……はぁ!?」


よのは改めて周囲を見回す。すると確かにパンを作る機械があちこちで動いているのが確認できた。


「今日からよのはここでおじと一緒に働くんや」

「ふざけんなよ。俺の時給いくらか知ってんのか?」

「時給とかじゃないねん。ここのみんなはお前が持ってないもんいーっぱい持ってるで?」


おじとよのが話していると、このパン屋で一番偉い工場長がやってきた。


「はじめまして。君がよのくんだね。おじくんからいつも話は聞いているよ。この工場の大卒もついに2人目か嬉しいなあ」


………


……



その後よのは工場で働くことで人の心を取り戻し、末永くおじとパン作りにいそしんだそうだ。


めでたしめでたし。


TRUE END

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