おじvsタワマン男

「おじって正社員やったことあるの?w」


ひめかの発したその言葉が、おじの脳裏から離れなかった。


「やったことはあんねんけどなハハ…」


仮にも一流上場企業に勤めていたことはおじだったが、逃げるように退職していたこともあり、その笑顔の裏には胸を張って正社員経験があると言えないもどかしさが隠れていた。


このしこりが、おじを狂気に駆り立てることになるなんて、その時のおじはまだ知る由もなかった。



***



ここは――デュラララチャット。


『金目当ての女の見分け方』という部屋で、おじはチャット民たちと対話を繰り広げていた。


「今日おじな、工場でパートのババアに年齢聞かれたんやけどな。36歳独身ですって答えたらババアに『あらやだ、もっと若い思ってたわぁ』言われてドン引きされたわ」

「ドン引きぃ!」


工場のおばちゃんたちと同じくデュラチャ民の反応も似たようなものであった。

おじは工場のおばちゃんが――自分を見下した目をしていた様子を思い出すと、声に憎しみを込めながら言った、


「まじであのババア許せへんわ。40歳手前で工場のパートに入ってくる独身男に何の罪があるんや」

「35歳超えたら男は一気に結婚するの難しくなるよ」


と言ったのはトキオという名前のユーザーだ。彼もおじと同じく女性関係で苦労し、金目当ての女を憎んでいた。


「おじもわかってるねん。そろそろ究極の二択を決めなアカン」

「究極の二択って何?」


と尋ねる声が上がる中、おじは静かに言った、


「おばぶか、ひめかかや」

「うわぁ……」


デュラチャ民がおじに冷ややかな目線を向ける中、おじの恋愛事情に詳しいあるユーザーが聞いた、


「おじガールズもっと他にもいっぱいいたでしょ」

「ちゃうねん。工場に勤めててもおじの事好き好き言ってくれる人はこの二人だけやねん」


どうやらおじの中で恋愛フラグが立つには日頃からおじに好意を向けていないといけないようだ。


「ひめかってどんな人?」

「ひめかは4、5年前からおじに恋愛相談してくる子やな。ちなみに今19歳や」

「19歳!? 17歳差じゃん」

「でもおじのイメージだとひめかはトー横キッズみたいな女やで。本人にそれ言ったら否定してたけどな」

「おじがデュラチャのハウルになるんだね」

「19歳はもう成人やろ。おじをそこらの未成年淫行おじさんと一緒にしたらあかんで?」


どうやらおじは本気のようだった。


「おばぶに怒られるよ」

「イヤッ。おばぶはな、むしろひめかと一回付き合え言ってるねん」

「どゆこと」

「付き合わないと後々後悔が残るからなんやと。最終的におばぶの元に来てくれればええみたいや」

「じゃあ早くひめかに告白しなよ」

「イヤひめかは彼氏いるで?」


どういうことだよ! とみんなからツッコミが入る。


「キープおじじゃん」

「キープちゃうわ! ひめかが別れるまでおじは待つだけや」


「おじは受け身だな」


と、ここまで静観していたトキオが突っ込んだ。


「おじめっちゃモテるのになんでなかなか告白されへんのやろな?」

「俺に聞かれてもな」


おじは少し考え込む素振りを見せると、


「せや! おじが結婚できないのは稼ぎが少ないからに違いないねん!」


と思いつきを発表した。


「それは極論じゃないか?」

「だっておじイケメンやし、面白いし、高学歴やし、デュラでトップやし、将来稼ぐことも確定してるし、モテモテやし、カリスマあるし、Tiktokのフォロワー多いし、性格いいし、面倒見あるし、心が綺麗やし、正義心強いし、悪い奴らを改心させれるし」

「え、きも……」

「完璧やろ。稼ぎくらいやで、持ってないの」

「まずはその性格を何とかしようぜ」


しかしトキオの言葉はおじへと届かなかった。


「あーあ、おじに稼ぎがあったらなぁ。今頃結婚して幸せな家庭築いてたはずなんやけどな」

「おじの子が幸せになる未来が見えないな」

「イヤッお前らわかってないけどな、幸せになるのにそんな大層なもんは要らんねん。息子は中卒でもええ」

「えぇ……」

「学歴なんて飾りや。他人を喜ばせようと一生懸命働いたら後から金はいくらでも付いてくるねん」

「おじは今まで他人のために働いてたんじゃないのか? それなのに金ないのおかしくない?」


トキオの正論に、おじは返す言葉がなかった。


「うるっさいねん! おじはこれから成功するんや!」

「でも金がない男って女からしたら嫌だろ。俺大阪のタワマン住んでるけどめっちゃモテるよ。金はあるに超した事はないと思うよ」


おじはまたオマエラヤン特有の嘘マウントが来たと思いつつ受け流しながら答えた、


「せやねん。女は結局金やねん。つまりおじが結婚できへんのは稼ぎばっかり気にする女が悪いねん。なんで女は稼ぎを気にすんねん(怒) お前らはおゆより稼いでるんか? と聞きたい」

「稼いでるよ」


トキオが答えた。


「男には聞いてへん! 女や!」

「パン工場のパートよりかは稼いでるでしょ」

「稼いでへん(怒)! おじの稼ぎは将来の期待値込みの話やねん」


おじのプライドが自己像を膨らませ、そこに一つの理想の人格を形成していた。この場でおじだけがただ一人、パーフェクトなおじを幻視していたのだ。


「おじは孤独や」


おじはその事に気づかずにポツリと漏らした。


「パン工場で一緒に働いてる仲間がいるだろ」

「高卒の最低賃金バイトで満足してるやつとは気が合わへんねん」

「自分には甘いくせに他人にだけやたら厳しいのは良くないね。時給1064円をバカにするんじゃねえよ」


おじが高卒のアルバイトをバカにする発言をした途端、トキオが急に語気を強めて反論したのだった。


「ちゃうねん。おじはただ結婚したいだけやねん。でも女が金ばっか気にするからできないねん」

「このおじもう終わりだよ」

「おじがハッピーに暮らすには……せや!」


おじはついに"答え"を思いついたようだ。


「おじより稼いでる奴らを全員ぶち◯せばええねん!」


と、とんでもない事を口走ったおじにデュラチャ民はドン引きした。


「え、やば……」

「お前ら女ラヤンが稼ぎばっか気にしておじにプロポーズしてくれないから悪いんやで?」


そう言い放ったおじに対して、トキオが怒りを抑えながらこう言った。


「もうお前はダメだな。自分のことしか考えられない奴は幸せにはなれないよ」

「トキオ。お前さっきおじに稼ぎでマウント取ったよな?まずはお前からやで」

「へぇ、どうやって?」


当然だがおじはトキオの住所は知らない。知っているのは大阪のタワマンに住んでいることくらいだ。


「大阪のタワマンに住んでるやつを全員しばく」

「!?」


おじのあまりにも荒唐無稽な話にデュラチャ民は恐れおののいた。


「タワマンに住んでる罪のない人まで巻き込むつもりか?」

「イヤッ! タワマンに住めるくらい稼いでるやつはビッグ◯ーター社員みたいに悪いことして稼いでるに違いないねん。おじみたいな立派な人間が狭い和室で暮らしてる世の中はおかしいやろ! ええか? これは嫉妬やない。社会貢献や」



***



おじは大阪で一番高いタワマンの前に立っていた。


「こいつらのせいで、おじやパン工場のみんなが苦しんでるねん」


そこに一人の若い女性がマンションから出てきた。


「ヴォイ!」


おじが怒りの形相で叫んだ。

マンションから出てきた女性は驚きの表情を浮かべ、立ち止まる。

その女性に対しておじは歩み寄ると、


「お前ら世界で一番巨大な花を知ってるか?」


と問いを投げかけた。


「い、いえわかりません。では」


女性は不審者に対する対応でその場を立ち去ろうとするが、おじは女性の前に立ちはだかり――それを許さなかった。


「ラフレシアや。ラフレシアはな、自分で光合成できないねん。なのに関わらず巨大な花を咲かせるんや。なんでかわかるか?」


「わからないです😭」


女は今にも泣きだしそうな顔で答えた。


「それはな、ラフレシアはオマエラのように他の同類から養分を吸いとって生きとるからやぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」


おじが女を殴ろうと拳を振り上げたその時!


「まさか本当に来るとはな」

「トキオさん!」


おじの狂気の拳を止めたのはトキオだった。


「行きな」


トキオは女性を逃がすとおじに向き直った。


「トキオ、お前まさか本当にここに住んでるんか? 嘘マウントやなかったんか」

「俺が嘘をついて何のメリットがあるんだ?」

「イーヤッお前は嘘つきや。今日からお前はタワマン部屋を出ないとあかん」

「どういうことだ――」


トキオがそう言いかけた瞬間おじの拳がとんだ、


「おじがお前の部屋に住むねん」


しかしおじがはなった拳はあっさりとトキオに止められた。


「もう止めろ。こんな事して何になるんだ」


おじはトキオに腕を振り払われると、こう答えた、


「おじはタワマンに住んでぺっぴんさんと結婚するんや!」

「呆れてものも言えんな」


トキオは体勢を低くし、おじへ突っ込むとおじの膝裏を引き仰向けに倒した。


「うおっ!」



おじにマウントを取ったトキオが何度も拳を振り落とす。


「うわぁぁぁぁああ!」


殴られながらおじは必死に頭をフル回転させた。


(アカン。ここからおじが勝つ方法は……)


するとその瞬間、おじの頭に一つの考えが芽生えた。


「お前、高卒か?」


ピクンとトキオの動きが止まった。


「だったらどうした?」

「あ、やっぱ高卒なんやな(笑)」


トキオのこめかみがビキッと動いた。


「黙れ」


トキオが怒りに任せて大ぶりで殴ろうとした時の隙をおじは見逃さなかった。

おじはトキオの足に自分の足をかけると横転し、逆におじがマウントポジションに立った。



おじはマウントを取り返すと、トキオの顔面に向けて拳を振るった。


「お巡りさん、あそこでマウント取ってる人です!」


いつの間にか、さっき逃げた女性が警察を引き連れおじの元へ来ていた。


「おじはイケメン!おじは面白い!おじは高学歴!おじはデュラでトップ!おじは将来稼ぐ!おじはモテモテ!おじはカリスマある!おじのTiktokのフォロワー多い!おじは性格いい!おじは面倒見ある!おじは心が綺麗!おじは正義!おじが悪い奴らを改心させたる!」


その間おじは一言一言マウントを取りながらトキオを殴っていた。

おじは頭に血が上りすぎてパトカーのサイレンが鳴り響いても気づかず、いつの間にか大量の警官に囲まれてしまう。


「確保!」


こうしておじは逮捕された。


BAD END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る