おじパン屋
「ついに念願のおじのパン屋さんが完成したで」
おじも40代に差し掛かった頃、ローションを売って軍資金をため続けたかいあって、夢だった自分の店をオープンさせることができた。
パン屋には変な名前がついておりそれは『ローションパン』だ。 ネーミングセンスは最悪だが味と品質には自信があるらしい。
「長かったね、おじ」
コンビニのパンを食べながら、おじに語りかけるのは――ばぶりしゃす。おじサポーターの一人である。
「ああ……。でもようやく夢を叶えられたで」
外には奇妙な名前のパン屋さんが開店するということで、怖いもの見たさなのか大勢の客が並んでいた。
店内には古めかしい置き型の時計が置いてある。その時計の針が12時を指した時、大音量で情熱大陸のテーマBGMが流れ始めた。
「奇跡のおじパン屋さん、開店や」
おじが店のドアを開けた瞬間、怒涛の勢いで客が流れ込んでくる。
「え……?」
しかし、客の思いとは裏腹に、おじのパン屋さんにはパンが1つも並んでいなかった。
その代わりに、店内にはレストランのようなテーブル席がいくつか設置されていた。
「じゃあ順番にご案内しますので、列を並んでお待ち下さい」
ばぶりしゃすが、ウェイターとして客をさばいていく。おじはその様子を無言で腕組みをして見守っていた。
席が全部埋まった頃、おじが唐突にマイクを持ち出し語り始めた、
「えー本日はご来店いただき……。ちゃうな。こじ! 俺の名前は南○○、おじって呼んでくれ。
おじはな、自分の腕だけでここまで昇ってきたんや。おじは利益とかどうでもいいねん。
みんなにな、ただ美味いパンを食ってもらおうと想い続けて早10年、完成したで、今から見せたるわ。ドシタぁ! あれ持って来い!」
おじは厨房でパンを焼いているドシタというバイトに声をかける。しばらくすると、店内で唯一パン屋の帽子をかぶっているドシタが大きなトレイに何かを乗せて現れた。
ドシタはずかずかと歩くと、店で初めてのお客様の前に、それを運んだ。
おじが再びマイクを手に取り語りだす、
「見せたるわ、これがおじの完全オリジナル。『焼き立ておじパン』や!」
ドシタが銀色の蓋を外すと中から出てきたのは、焼き上がったばかりでスライスすらされていないただの食パンだった。
「熱いうちに食べてや」
ナイフ、フォークがないのはおろか、どうやって食べればいいかわからないパンを出されて、困惑する客。
「おじのパンが食べられへんっちゅうんか!? もういい! 帰れ!
お前らほんまわかってへん。これはなこうやって食うんや。ドシタ、見せてやれ」
命令されたドシタはおもむろに素手で食パンを引きちぎって喰らい始めた。
「おじのパン最高おおおおお!」
「ほらな? おじのパンは焼き立てが一番うまいねん。パンもそう言ってるやろ」
その狂気じみたパフォーマンスを見せられた客たちが一斉にザワザワし始めた。
「じゃ、次のパン焼いてくるからお前ら待っといてぇな」
その言葉を皮切りに客たちが次々と席を立って出口へと向かい始める。
「ちょ、お前らどこ行くねん!」
そんなおじの呼びかけも虚しく、客たちは無言で帰ってしまう。
***
こうしておじのパン屋さんの初日の売上は0で終わった。
「あいつら何もわかってへんねん」
「おじ、元気出してよ」
「せやな、おじのパン食って元気出すわ。ばぶりしゃすも食ってくれって」
「いやうちはいらん」
「そういやドシタはどこ行ったんや」
おじが厨房に入ると、そこには先ほどまでなかったはずの手紙が置かれていた。
「ん?」
手紙には汚い字で『退職届』と書かれていた。
「あいつ、ほんっま」
おじは急いでドシタと連絡を取ろうとするが、繋がらない。
「どしたのおじ」
その様子を不審に思ったのかばぶりしゃすも厨房にやってきた。
「ドシタが蒸発したんや! 明日からのパン誰が焼くねん!」
「えーそれはさ、もうおじが焼くっきゃないんじゃない?」
「おじ、パンの焼き方わからへん……。ばぶりしゃすやってくれ」
「え、うちは無理。ネイルしてるし」
「ネイルなんてする必要ないやろ!」
「うわ、最低。もういい、うちも辞めるね」
そうして店にはおじ一人だけになってしまった。
「ああ……、なんでこんなことになったんやろ……」
「おじ、大丈夫?」
おじが売っていったローションたちの魂が語りかけてくる。
「ぺぺ太郎、ロー子、ごめんな。お前らを売ってまで得た金だったのに」
「「いいのよ、おじ。夢をあきらめないで!」」
「おじ、こんなになってもこれだけは分かるねん。それはな、どんな状況になったとしても、パンを焼いて売りたいっていう憧れは誰にも止められないんや……。
――だから、パンを焼いてくれるバイトを探しに行くで」
END
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