38.我ながら単純過ぎる思考回路だ。

「トリックオアトリート!」

「……」


 戸を開けた俺は、由佳からの言葉に思わず固まってしまった。

 目の前にいる彼女は、魔女のような恰好をしている。それはつまり、ハロウィンの仮装ということなのだろう。


 ハロウィンというものに、俺はあまり馴染みがない。というか問題ばかり起こるイベントと認識しており、いいイメージがなかった。

 しかしながら俺は今、ハロウィンというものを素晴らしいものと思っている。我ながら単純過ぎる思考回路だ。

 ただ、それは仕方ないことだろう。目の前の由佳の仮装は、それ程に素晴らしいものだ。


「よく似合っているな……とても可愛らしい魔女だ」

「えへへ、ありがとう」

「それにその髪……」

「うん。せっかくの仮装だから、ウィッグも用意してみたんだ」


 由佳の髪は、ピンク色になっている。その髪色の由佳を見るのは、随分と久し振りだ。

 黒髪が一番だと思っているが、やはりピンク色の髪も彼女にはよく似合っている。


「さて、ろーくん、トリックオアトリートだよ? お菓子をくれないと悪戯しちゃうんだから」

「なるほど、だから事前にお菓子を渡してきたのか……」


 着替えると言って部屋を出る前に、由佳は俺に市販のクッキーを渡してきた。それはここで使うためのものだったのだろう。

 しかしそこで俺は、思ってしまった。このお菓子を渡さないと、由佳はどうするのだろうか。


「由佳、残念ながらお菓子はないんだ」

「え?」

「待っている間に食べてしまったからな」

「そ、そうなの?」


 俺の言葉に、由佳は目を丸くしている。この状況は、想定していなかったのだろう。

 もちろん俺はお菓子を食べてはいない訳だが、ここは嘘を突き通してみることにした。。由佳には少し申し訳ないが、彼女がする悪戯というものには少し興味がある。


「さて、お菓子をあげないと悪戯されるんだったな?」

「え? あ、うん。そうなるのかな?」

「悪戯か、一体何をされるのやら……」

「悪戯……ど、どうしよう?」


 由佳は、かなり悩んでいる様子だった。

 本当に考えていなかったのだろう。頭を抱えてしまっている。


「あ、それなら」

「うん?」

「これでどうかな?」

「んっ……?」


 そこで由佳は、俺の唇を素早く奪ってきた。

 あまりに唐突なことに、俺は固まってしまっている。ただ固まっているのは俺だけではない。由佳の方も、照れてしまっているようだ。


「こ、これでどうかな?」

「……まあ、悪戯は悪戯になるのか? ただ、こんな悪戯なら大歓迎だな」

「そっか……それなら、もう一回しようかな?」

「ああ、そうしてもらえるとありがたい」


 由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。

 こうして俺達は、ハロウィンを楽しむのだった。



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最後までお読みいただきありがとうございます。

今回の更新は、ここで一区切りとさせていただきます。

次回の更新は12月下旬を予定しています。機会があったらまた応援していただけると嬉しいです。

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