冬休み編
1.それは我が家にはない文化である。
お風呂にぷかぷかと浮かぶ橙色に、俺は少しだけ驚いていた。
ゆず湯というものに入る文化は、我が家にはなかった。父さんが肌が弱いため、苦手だったからだ。
幼い頃に、由佳と一緒に入った記憶はあるが、それから随分と時が経っている。そのため、こうして改めてゆず湯を見てみると、なんだか不思議に思ってしまう。
「ろーくんは、ゆず湯が久し振りなんだよね?」
「ああ、由佳と一緒にいつだったか入って、それからだな。しかし、当然といえば当然だが、すごい香りだな……」
「ろーくんは、ゆずの香りは好き?」
「まあ、嫌いではないか」
いつもと違うお風呂に、俺の心は少し踊っていた。
こんなものにわくわくしているのは、子供じみているといえるかもしれない。ただ今日はせっかくだし、童心に返るのも悪くはないだろうか。
「……」
「ろーくん、どうかしたの? あんまり見られると、少し恥ずかしいんだけど……」
「ああいや、すまない」
しかし俺は、隣で服を脱ごうとしている由佳を見て気づいた。童心に返ることなど不可能であるということを。
俺も由佳も、昔とは随分と成長している。そんな中で一緒に入浴するのだから、幼い頃と同じという訳がない。
「あ、別にね。見たら駄目って訳じゃないんだよ。ろーくんにはむしろ、見て欲しいって思っているし、でもやっぱり恥ずかしいっていうか……」
「由佳、わかっている。大丈夫だ」
俺と由佳は、こうやって一緒にお風呂に入ることもある。
お互いに一糸纏わぬ姿になって時間を過ごす。その状態でどういう気分になるかは、その時の雰囲気も関係してくる。
意外なことではあるが、そういう気分になることはそこまで多いという訳ではない。それは俺にとって、少々不可思議なことである。
もしかしたら一緒にお風呂に入っている時には、情欲よりも親愛の感情の方が大きいのかもしれない。
彼女と触れ合って同じ時間を過ごす。その幸福は別口である。そこには何か、明確な差というものがあるのだ。
「……」
とはいえ、いつもそうだとは限らない。情けない話ではあるが、今俺の中には情欲がくすぶっているといえるだろう。
それはもしかしたら、湯気に乗って漂っているゆずの香りが原因かもしれない。柑橘系のいい香りに、俺は充てられているのだろうか。
「……ろーくん、服脱がないの?」
「うん? ああ、今脱ぐ所だ」
とりあえず俺は、一度深呼吸をしておく。
気持ちの切り替えというものは大事だ。今日は由佳と一緒にゆず湯を楽しむ。そう自分に言い聞かせながら、俺は服を脱ぐのだった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
お久し振りです。
また少しの間、投稿させていただきます。
よろしかったら、応援していただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます