32.それは俺達にとって少々痛い質問である。

「……そういえば、二人は進路なんかは決まっているのかな?」


 少し元気を取り戻した穂村先輩と俺達は、昼食を続けていた。

 そこで彼女は、ある質問をしてきた。それは俺達にとって、少々痛い質問である。


「実の所、あんまり決まっていないんですよね……」

「俺も由佳も、具体的な進路とかは決まっていないんです」

「なるほど、そうなのか……」


 俺達の返答に、穂村先輩は穏やかな笑顔を浮かべていた。

 情けない話ではあるのだが、二年生も残りわずかとなったこの時期に俺達の進路は決まっていない。ぼんやりと進学するつもりではあるのだが、その辺りはとても不明慮だ。


「でも、夢ということなら由佳さんの夢は藤崎君のお嫁さんである訳だから、そういう意味では由佳さんの進路は決まっているといえるのかな?」

「え? あ、それはそうですけど……」

「今は、そういう意味の会話ではなかったでしょう……」


 穂村先輩は、とても楽しそうに俺達のことをからかってきた。

 少々恥ずかしいが、正直安心している。穂村先輩が、すっかり元気を取り戻しているからだ。


「まあ、そうだよね。さて、それじゃあ少し真剣な話をしようかな? 二人は進学するつもりなのかな?」

「あ、はい。それはそのつもりです」

「ふむ、私なんかは高校に進学する時から行きたい大学がある程度決まっていたけれど、二人はどうなのかな?」

「いえ、決まっていませんね」


 俺と由佳も、一応進路については話したりしている。

 しかし二人とも、方向性が定まっていないというのが現状だ。できれば同じ大学がいいだとか、そういったやましい気持ちくらいしかない。


「将来の夢も特にないのかな? こういう職業に就きたいだとか?」

「ないです。私は本当に、ろーくんのお嫁さんになりたいとしか考えてきませんでした」

「俺もそうですね。特に夢もありません」


 嘘をついても仕方ないので、俺達は素直に質問に答えた。

 そうやって話していくと、少し情けなくなってくる。この時期に将来の目標がないというのは、なんとももどかしい。


「参考までに聞かせてもらいたいんですけど、穂村先輩は将来の夢とかあるんですか?」

「私は、保育士になりたいと思っているんだ。元々、子供が好きだったからね」

「保育士、ですか……」

「なるほど……」


 穂村先輩の夢に、俺と由佳は顔を見合わせた。

 由佳はどうかはわからないが、正直俺は少し意外に思ってしまった。穂村先輩が、子供好きだったなんて知らなかったからだ。

 しかしよく考えてみれば、彼女は江藤に姉のように慕われている。それはつまり、年下に対する面倒見がいいということなのかもしれない。


「すごいですね。そういう風にはっきりとした目標があるって」

「別に特別なことではないさ。偶々、私の気質にあった職業が存在しているというだけだからね。ああ、そうだ。これは個人的な意見なんだけどね」

「うん?」


 そこで穂村先輩は、俺の方に視線を向けてきた。

 話の流れからして、これは俺に合う職業などを述べようとしているのだろうか。

 だが、それは俺にとってまったく予想できないものである。そんなにわかりやすく俺に合う職業など存在しているのだろうか。


「藤崎君には、教師なんて似合うのかもしれないね」

「教師、ですか? いや、俺に合うとは思いませんけど……」

「そうだろうか? 君は人を導ける人であると私は思うけどね。晴君がいい例さ。あの子は君と出会って随分と変わった。その理由を、私もついさっき体感した所さ」


 穂村先輩は、俺の目を真っ直ぐに見てきた。

 それはつまり、本気で言ってくれているということなのだろう。

 そこで俺は思い出す。以前由佳に、面倒見がいいと言われたことを。


「……江藤が変わったのは、きっとあいつ自身の性質ですよ。俺が与えた影響なんて、ほんの些細なことです」

「そうだろうか?」

「そうだと思っています……ただ、穂村先輩の言葉は参考になりました。だから、ありがとうございます」

「そうか。そう思ってもらったなら、こんな話をした甲斐もあったというものかな?」


 俺のお礼に、穂村先輩は笑顔を浮かべていた。

 今までの人生で、俺はあまり先輩というものと関わってこなかった。

 しかし、彼女と接したことで理解できたような気がする。先輩という存在が、どれだけ頼りになるかということを。

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