19.両想いというのは幸福なことであると思う。
「ふぅん、それで結局ろーくんは日々菜ちゃんと一緒に回ったんだ?」
「え? あ、ああ、そういうことになるのか?」
修学旅行から帰って来た俺は、その日に何があったかを由佳に話していた。
その結果、彼女から返ってきたのは少し冷たい視線である。
どうしてそんな視線を向けられているのかは、由佳の呟きで理解した。よく考えてみたら、俺は由佳以外の女の子とテーマパークを回っていたのだ。
「すまなかった……」
「あ、べ、別にそんなに怒ってる訳じゃないんだよ?」
俺が頭を下げて謝ると、由佳は慌てた様子だった。
それによって、俺は彼女の先程までの態度が冗談の類であるということを理解した。
しかし、俺が迂闊なことをしてしまったことは事実である。彼女がいる身でありながら、他の女の子とそういう所で過ごすのは駄目だろう。
「そういう所に対して、気が回っていなかったよ」
「あ、あのね、ろーくん。私、本当に気にしていないんだよ? もちろん、日々菜ちゃんと二人っきりとかだったらちょっとあれだけど、竜太君に翔真君、それに江藤君もいたんでしょう?」
「まあ、そうだが……」
「それなら、別に問題ないよ。そもそも突然のことだったみたいだし……」
由佳はなんというか、とても申し訳なさそうにしていた。怒ったふりをしたことを、気にしているということだろうか。
それなら俺も、これ以上反省を表に出すべきではない。心の中で留めておき、由佳に余計な心配を抱かせないようにしよう。
「あ、それで新見君は結局どうなったの? その辺り、私は全然聞いていないんだけど……」
「うん? ああ、そのことか……」
そこで由佳は、新見に関することを聞いてきた。
恐らく、話を変えたかったということなのだろう。
ただ正直な所、そちらも明るい話題という訳ではない。話すのも気は進まないが、どうせ由佳の耳にはすぐに入ることだろうし、俺から話しておくべきだろうか。
「あ、でも尾行はしなかった訳だから、ろーくんも知らないのかな?」
「いや、実の所新見と臼井を偶然見つけてな……見てしまったんだ。二人が大事な話をしている所を」
「大事な話……」
説得の甲斐があったどうかはわからないが、磯部も高坂も尾行はしなかった。しかし、俺達は見つけてしまったのである。集合時間も間近に迫った折に、二人のことを。
幸か不幸か、彼らを見つけたのは新見が決定的な言葉を口にした場面であった。その衝撃で思わず足を止めた俺達は、割と早めに出た臼井の返答まで聞いた。彼女はその場で、はっきりと結論を出したのだ。
「臼井は新見からの告白を、はっきりと断った。なんでも、今は誰かとそういう関係になるつもりはないそうだ」
「……そっか」
「まあ、そういうこともあるんだよな……」
新見の告白は、失敗してしまった。
想いが届かなかった。それは悲しい事実である。仕方ないことではあるのだが。
「……まだ可能性がなくなったっていう訳じゃないのかな?」
「どうなのだろうな……臼井の気が変わるということが、あるのかもしれないが」
「ろーくん……」
由佳は、俺の手をゆっくりと握ってきた。
由佳も、少し気分が落ち込んでいるのだろう。それがわかった俺は、彼女の手をゆっくりと握りしめる。
「なんだか、私ってすごく恵まれているんだって、思っちゃったな……」
「恵まれている?」
「私の好きな人が、私のことを好きでいてくれている。忘れちゃいそうになるけど、それはきっと何よりも幸せなことなんだろうね……」
「……ああ、そうだな」
由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
両想いということが、どれだけ幸福であるのか。俺達はそれを改めて実感するのだった。
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