5.約束が思い出せないというのはまずい。

「修学旅行ももちろん大切だけど、その前に大切なイベントがあるよね?」

「大切なイベント?」


 放課後、前の席にいる由佳は体をこちらに向けながらそのようなことを言ってきた。

 しかしながら、俺はあまりピンときていない。一体由佳は、何のことを言っているのだろうか。


「そんなものがあっただろうか。中間テストまではまだあるし、文化祭はその先だよな?」

「あ、学校のイベントじゃないよ。日常のイベント」

「日常のイベント……何かあっただろうか?」

「うーん……」

「え?」


 そこで由佳は、俺をじっと見てきた。

 もしかして、俺は何か大切なことを見落としているのだろうか。

 しかし、由佳と重要な約束などをした覚えはない。いやもしかして、幼少期に約束していたとかだろうか。とにかく、約束が思い出せないというのはまずい。


「ろーくん、ろーくんはろーくんの大事な日を忘れちゃったの?」

「お、俺の大事な日……ああ、俺の誕生日のことか?」

「うん、正解」


 由佳の誘導によって、俺は彼女が何のことを言っているのかやっと思い至った。

 よく考えてみれば、もうすぐ俺の誕生日である。なんというか、由佳の誕生日が終わったことによってすっかり頭から抜けていた。

 正直な所、自分の誕生日に対してそれ程喜びがある訳ではない。俺にとって最も幸福な日は由佳の誕生日である、それが終わった今、なんというかそこまでテンションが上がらないのだ。


「私のことも、いっぱい祝ってくれたからね。ろーくんの誕生日も、しっかりと祝わないと……」

「いや、別に俺の誕生日はそんなに盛大に祝う必要はないさ。平日で普通に学校もある訳だしな……」

「た、確かに私の誕生日みたいに一日中お祝いっていう訳にはいかないかもしれないけど、それでも精一杯祝うよ」

「その気持ちだけで充分だ」


 夏休みであり、偶々休日だった由佳の誕生日と違って、俺の誕生日は平日である。そのため、そんな盛大な祝いは期待していない。

 そもそも俺は、パーティーとかそういうことはそこまで好きではなかった。もちろん、由佳の誕生日であるならば話は別だが、俺は自分の誕生日にそういうことは望んでいない。


「まあ、俺の誕生日は穏やかに過ごすとしよう。いつも通りの日常に、まあ父さんと母さんがケーキは用意してくれるし、夕食は俺の好きなものになるだろうけど、それくらいだな」

「……まあ、ろーくんがそれでいいなら、それも悪くないのかな? あ、ろーくんが好きなもの、私も作るね?」

「ああ、それはありがたいな」


 由佳の提案は、俺にとってとてもありがたいものだった。

 母さんには悪いと思うが、由佳の手料理はとても嬉しいものである。なんというか、少しだけ誕生日が楽しみになってきた。


「それから、誕生日プレゼントだよね。ろーくんは、何か欲しい物とかある?」

「え? いや……」


 由佳の質問に、俺は思わず面を食らってしまう。それを彼女から、聞かれるとは思っていなかったのだ。

 しかし考えてみれば、本人に聞いてみるというのはいい手だったのかもしれない。外れがないし、まず間違わない手法だ。

 ただ、急に聞かれるとその質問は非常に答えにくい。由佳に頼むプレゼントとして、どのジャンルのどのくらいのものがいいのかが、まったく見えてこないのだ。


「ろーくん? ご、ごめんね? 難しい質問だったかな?」

「ああいや、そういう訳ではないんだ。ただなんというのだろうか。丁度いいラインが思い付かないというか……」

「やっぱり難しいんだね……わかった。自分で考えるから、ろーくんは楽しみにしてて?」

「あ、ああ、すまないな……」

「ううん。ろーくんが気にすることじゃないよ」


 少し落ち込む俺に対して、由佳は可愛くウインクをしてくれた。

 そんな彼女の優しさが、身に染みてくる。

 正直、誕生日プレゼントはなんだって構わない。彼女からもらえるものなら、なんだって嬉しいからである。

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