28.少なくとも後十年埋めることができないような気がする。
「もうすぐだね」
「ああ、そろそろ上がるはずだ」
四条達との話を終えた後、由佳は俺の隣にぴったりとくっついた。
花火はもうすぐ上がるはずだ。それを俺達は、今か今かと待っている。
「あっ……」
「おおっ……」
次の瞬間、俺達の目に映ったのは天に上る光だった。
それはやがて花開く。真っ赤な花が、夜空に咲き誇ったのだ。
俺も由佳も、それを夢中で見ていた。なんというか、不思議な気分だ。
花火というのは、こんなに美しいものだっただろうか。
いつの頃からか、俺はこういうものをくだらないと思うようになっていた。いや、そう自分に言い聞かせていたのだろう。今ならそれが、なんとなくわかる。
だが改めて空を見上げて見てみると、その花はとても尊いものだと思えた。それを最愛の人と見られる喜びを、俺はゆっくりと噛みしめる。
「綺麗……」
そこで由佳は、一言そう呟いた。
それはきっと、誰かに向けた言葉ではないのだろう。花火を見て、つい呟いたといった感じだ。
しかしその言葉に、俺は由佳の方を見ていた。空に上がる花を愛でる彼女の横顔は、その夜空以上に美しい。
だが俺の口は、ちっとも動いてくれなかった。
言葉を失うとは、こういうことなのだろう。そう思いながら、俺は花火に視線を戻した。
「うん?」
しかし俺は、すぐに由佳の方に再び目を向けることになった。
俺の手に強い力が加わったのだ。それを俺は、由佳が何かを訴えかけていると思った。
「由佳……?」
由佳の頬からは、一筋の涙が流れていた。
それは花火の美しさに感動したから流れたのだろうか。なんとなく違う気がする。
そう思っていると、由佳がゆっくりとこちらを向いた。彼女は涙を拭うこともせずに笑う。いや、涙に気付いてないのだろうか。
「ろーくん、来年も一緒に見に来ようね?」
「……ああ」
俺は由佳の言葉に、ゆっくりと頷いた。
彼女が泣いていたのは、きっといつかと同じように寂しさを覚えたからなのだろう。
俺が由佳と一緒に祭りで花火を見られたのは、約十年振りだ。その期間がきっと、由佳にとっては何よりも辛いものなのだろう。
その辛さを消すことは、きっと難しい。
少なくとも後十年、一緒にいられなかった期間と同じ時間を由佳と過ごすまでは、埋めることができないような気がする。
「この祭りが続く限り、何度でもここに来よう。子供が生まれたら子供も連れて、孫が生まれたなら孫も連れて……俺がお爺ちゃんになったって、由佳がお婆ちゃんになったって、何度でもこの景色を一緒に見よう」
「ろーくん……うん。私、ろーくんとずっと一緒にこの夜空を見ていたい」
今の俺には、約束をすることしかできない。その約束を必ず果たそう。いつまでも二人で一緒にいよう。
「由佳……」
「うん……」
そこで俺達は、ゆっくりと口づけを交わした。
こうして俺達は、いつまでも一緒にいることをまた誓い合うのだった。
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