25.よく考えてみると射的はしたことがない。
腹ごしらえを終えた俺と由佳は、食べ物以外の屋台に目を向けていた。
射的や金魚すくいなどといった屋台は、結構賑わっている。やはりこちらも、祭りの定番であるということだろう。
「射的か。昔、やったような気がするが……いや、あれは輪投げだったか?」
「あ、うん。私達がやったのはそっちだね」
「中々、難しかった記憶がある」
「案外的に入らないよね」
「射的はもっと難しいんだろうな……」
射的はよく考えてみると、やってみたことがなかった。
見た目からして、なんとなく難しそうに見えるのだが実際の所どうなのだろうか。
「そんなに難しくはないよ? 私でもできるし」
「そうなのか?」
「まあ、やってみようよ。おじさん、一回お願いします」
「お、お兄ちゃん、彼女さんにプレゼントかい?」
「え? ああ、えっと、そうですね……」
屋台のおじさんは、俺に陽気に話しかけてきた。
確かに、ここで由佳が欲しい商品なんかを取れたらかっこいいかもしれない。しかし、初めての俺にそんな行動なことができるのだろうか。
「由佳、一応聞いておくが何か欲しいものとかあるか?」
「え? あーあ、それじゃああのくまのぬいぐるみとか?」
「ぬいぐるみ……」
由佳が選んだ的は、結構な大きさのぬいぐるみだった。
当てるという観点から考えれば、的は大きい方がいいだろう。ただ、あれを倒すことは簡単ではなさそうだ。
だが、結局の所当たらなければ何も始まらないのだし、由佳の選択は俺を気遣ってくれてのものだろう。そう思って、俺は銃を構える。
「……」
「あっ……」
「おっと、残念外れだな、お兄ちゃん」
「やっぱり難しいものだな……」
とりあえず撃ってみたが、やはり弾は的を外れてしまった。
あれ程大きな的に当てられないとは、俺は中々のノーコントロールなのかもしれない。そう思って、苦笑いを浮かべてしまう。
「お兄ちゃん、安心しな。まだ弾は残っているぜ」
「ああそうか、五回でワンセットか……」
「あはは、ろーくん完全に失敗ムードだったね?」
「いや、実際に失敗したからな。後四発で、どうにかなるだろうか?」
「ろーくん、ちょっと貸して」
「あ、ああ……」
由佳に促されて、俺は彼女に銃を渡した。お手本を見せてくれるということだろうか。
そんなことを思っている俺の前で、由佳は鋭い眼光をしながら銃を構える。思っていたよりも迫力があって、ちょっとびっくりしてしまう。
屋台のおじさんも、それは同じだったらしい。由佳の真剣な様に、明らかに面食らっている。
「あっ……」
「お、おお、お嬢ちゃん当たりだな……」
次の瞬間、由佳は屋台の中でも一際小さなキーホルダーを見事に撃ち抜いた。
彼女はすぐに、こちらに何時も通りの笑顔を見せてくる。その笑顔は、先程まで獲物を狙う眼光をしていたとは思えない程明るいものだ。
「こんな感じ!」
「あ、ありがとう。参考になったよ」
「お、お嬢ちゃん景品だ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら由佳は、射的の才能があるらしい。
あの大きなぬいぐるみに当てるならまだしも、あんな小さいキーホルダーに当てるなんて、相当上手くないと無理だろう。
正直あんなものを見せられた後では尻込みしてしまう。これはもう、かっこいいとかそういう考えは捨てるべきだ。最早由佳のかっこよさには敵わないだろうし。
「あ、ろーくん。そうじゃなくてね……えっと、こうやって構えて」
「あ、ああ……」
「それで、そうやって狙って。うん。そういう感じ……」
そこで由佳は、俺の体に自分の体を密着させて指示を出してきた。
彼女の温かさと柔らかさに満ちた体が密着するのは、とても嬉しい。ただ同時に、その指示の的確さに驚きを覚えてしまう。
「それじゃあろーくん、そのまま撃ってみて」
「よ、よしっ……」
「おおっ……」
「当たった……でも、倒れてないな」
由佳の指導のおかげで、俺は見事ぬいぐるみに弾を当てることができた。
しかし流石に大きいからか、ぬいぐるみは少し後退しただけだ。だがそれでも、俺にとっては大きな一歩である。なんというか、とても嬉しい。
「由佳のおかげだ。教えてくれて、ありがとう」
「ううん。私はちょっとアドバイスしただけだよ。それに、まだぬいぐるみは倒れたないよ?」
「ああ、そうだな。残り二発か?」
「お兄ちゃん、頑張りな。踏ん張り所だぜ」
「ええ……」
屋台のおじさんの言葉に、俺は力強く頷く。
このままぬいぐるみを倒せないで帰るのは、流石に格好悪すぎる。せめてあれを倒して、最低限のかっこよさを保ちたいものだ。
こうして俺達は、しばらく射的を楽しんだのだった。
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