22.その譲渡は後で色々と問題になった。
夏祭りというものに、俺はここ数年行っていなかった。別に祭りが嫌いという訳ではないのだが、特に行く意味も見出せず、毎回家で過ごしていたのだ。
だが、今年の俺は違う。由佳と一緒に、夏祭りに行くのだ。
「ろーくん、お待たせ」
「早速着てくれたんだな……」
「うん。どうかな?」
「似合っているよ」
由佳は、俺のお祖母ちゃんからもらった浴衣を着てくれていた。
俺のお嫁さんである証の浴衣を由佳が着てくれている。その事実には心が躍ってしまう。もしかしたら俺は、今変な顔をしているかもしれない。
「本当にすみませんねぇ。こんな浴衣もらっちゃって……」
「いえ、いいんですよ。こちらこそ、母のわがままを聞いてもらって……」
俺がそんなことを思っていると、母さん達がそのような会話を始めていた。
その会話は、確か以前もしていたような気がする。
だが、繰り返しても仕方ないような会話だろう。この浴衣の譲渡というのは、よく考えてみれば大変なことだ。
「あはは、なんだか大変そうだね……」
「ああ……」
「私、ろーくんのお嫁さんの証だって何も考えずにもらっちゃたけど、やっぱりまずかったかな?」
「いや、構わないさ。お祖母ちゃんも、何も気にしてないだろうしな……」
「もうちょっと考えるべきだったかなぁ……」
二人の会話に、由佳は少し気まずそうな顔をしていた。
俺も彼女も、お祖母ちゃんから浴衣を授かる時にその価値については何も考えていなかった。故に事態が発覚したのは帰って来てからである。
お古ではあるが、この浴衣はかなり高価なものらしい。
それをポンともらってきた。その事実に、由佳の両親はひどく驚いている様子だった。
ただ事情が事情なので返すようにも言えず、こちらの両親に先程と同じような挨拶をしたというのがかつての流れだ。
一方で、俺の両親も色々と焦っていた。
由佳が俺のお嫁さんになるから、浴衣を渡す。それはかなり重いことである。
故に、俺の両親――特に母さんが――先程と同じように謝っていた。どちらにとっても、浴衣の譲渡は重い出来事だったのだ。
「でも、俺はあの場で即決してくれて嬉しかったよ」
「え?」
「だってそれは、由佳が俺のお嫁さんになってくれるということだろう?」
「それは、もちろんそうだよ……うん。だったら、あの場でそのことだけ考えて頷いて良かったかな?」
俺の言葉に、由佳は笑顔を見せてくれた。
いつもとは違う浴衣姿なので、その笑顔の印象もいつもと少し違う。
「本当に綺麗だな……」
「え?」
「由佳の笑顔が綺麗だと思ったんだ……」
「……ありがとう。ろーくん」
俺はお祖母ちゃんに教わった通り、素直な気持ちを口にする。
そうして良かったと、心から思えた。由佳の幸せそうな笑顔を見ていると、本当にそう思う。
「……って、よく考えてみたら俺達はまったりしている場合ではないな」
「あ、そうだよね。待ち合わせ、遅れちゃう」
そこで俺と由佳は、大切なことを思い出した。
今日俺達は、竜太や四条達と待ち合わせの約束をしている。とりあえず、一度集合することになっているのだ。
故に、ここでまったりし過ぎると遅れてしまう。早く集合場所に行かなければならないのだ。
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