21.彼女が勇気を出せるまで励まし続けるとしよう。

「ろーくん、起きて……」

「んっ……」


 俺は、自分の体が揺さぶられているのに気付いて目を覚ました。

 寝ぼけ眼ではあるが、目の前に由佳がいるのがわかった。なんだか彼女は、不安そうな顔をしている。つまり、何かがあったということだろうか。


「由佳、どうかしたのか?」

「あ、ろーくん、ごめんね。こんな夜中に……」

「いや、それは別に構わないんだが……」


 俺はとりあえず、しっかりと目を覚ます。

 由佳の言う通り、周囲はまだ暗い。こんな夜中に、一体どうしたのだろうか。


「あのね。その、ちょっと言いにくいことなんだけど……」

「うむ……」

「ト、トイレに行きたくて……」

「トイレ……」


 由佳は少し頬を赤らめながらそのようなことを言ってきた。

 それに俺は、少し固まってしまう。なんと返答していいのかが、わからなかったからだ。


「今日、寝る前に心霊番組を見たでしょ? だから、なんだか怖くて……」

「ああ、そういうことか……」

「いつもはトイレに起きたりしないのに、どうしてこんな日に限って……」

「まあ、そういうものだろうさ」


 俺は、悲しそうな顔をしている由佳の頭をゆっくりと撫でた。

 そういう時にトイレに行きたくなるというのは、俺にもなんとなく覚えがある。それはもう、仕方ないことなのだろう。


「それじゃあ、行くとしようか?」

「うん。ろーくん、腕いい?」

「ああ」


 由佳は俺の腕に、しっかりと抱き着いてきた。

 その感触に気を取られそうになったが、俺は頭を切り替える。

 今はそんな場合ではない。とにかく、由佳をトイレに連れて行かなければならない。


「うっ、静かだね……」

「夜だからな。静かな方がいいさ」

「そ、それはそうだね。うるさかったら、その方が困るし……」


 部屋を出た俺達は、ゆっくりと階段を下りていく。

 由佳の家のトイレは、一階にある。そのため絶対に下に下りなければならないのだが、この階段は中々に迫力がある。由佳がいなければ、俺も下りられなかったかもしれない。


「ふう、着いたな」

「う、うん。ろーくん、ありがとう」


 そんなこんなで、俺達は無事にトイレまで辿り着くことができた。

 長い道のりではなかったが、結構疲れた。やはり心霊番組を見たことによって、俺の心にもそれなりに恐怖が刻まれているということだろうか。あれ自体は、そんなに怖くなかったような気もするのだが、不思議なものだ。


「……由佳、入らないのか?」

「あ、うん。入りたいって思ってるんだけど……でも、ここに入ったら一人だし」

「まあ、それはそうだな」


 由佳は、トイレに入るのを躊躇っていた。

 その気持ちは、すごくわかる。トイレに入ると、そこは個室だ。この状況では、とても怖く感じるだろう。

 しかし、その解決策はない。入らなければ、根本的な問題は解決しないのだ。


「しかしここは、勇気を出して行くしかないだろう」

「そうだよね……ううっ、でも怖い……」

「俺は傍にいるから、大丈夫だ」

「……うん。頑張ってみようかな」


 由佳は俺の言葉に、ゆっくりと頷いてくれた。

 だがなんというか、中々入ろうとしない。まだ勇気を出し切れていないということだろう。

 これももう仕方ないことだ。彼女が勇気を出せるまで、励まし続けるとしよう。

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