5.確かにこれは挨拶といえるのかもしれない。
「……綺麗な所だね?」
目の前に広がる山々に、由佳はゆっくりとそう呟いた。
もちろん、景色は綺麗だと思う。見慣れたものではあるが、その評価は俺も変わっていない。
ただ、目の前にいる由佳の方が俺にとっては綺麗に映っていた。それを口に出すのは少々恥ずかしいような気もするが。
「絵になるな……」
「え?」
「ああいや、その……今日はすまないな」
「……別に謝るようなことではないよ。話を聞いた時から、私は行きたいって思っていたんだから」
思わず口から零れた言葉を誤魔化すために、俺は由佳に謝罪の言葉を口にしていた。
今回由佳がここに来たのは、完全にこちらの都合だ。結構な遠出ではあるので、流石に申し訳なく思っている。
「それに、挨拶は早い方がいいでしょ?」
「あ、挨拶……」
「そういうことでしょ?」
「まあ、そういうことではあるか」
由佳の言葉に、胸が高鳴ってしまった。
確かに、これは実質的にはそういう挨拶といえるかもしれない。そう考えると、なんだか無性に意識してしまう。
「ふふ、二人とも本当に仲が良いんだねぇ」
「うん?」
「あっ……」
そんなことを話している俺達の前に、今回の来訪を提案した人物がやって来た。
その人物は、腰を曲げてゆっくりとこちらに近づいてきている。その一挙一動が、正直言って少し心配だ。
「まさかくーちゃんがお嫁さんを連れて来るなんて……やっぱり長生きはしてみるもんだねぇ」
「お祖母ちゃん……」
どこか遠い目をしながら、お祖母ちゃんはそんなことを言ってきた。
恐らく、それは俺が彼女を連れて来る訳がないという意味のことではなく、あの小さかった孫が、という意味なのだろう。
それに俺は、苦笑いを返すことしかできない。こういう時にどう反応するべきかは、孫としての永遠の課題であるような気がする。
「しかも、こんな可愛い子を連れて来るなんて。幼馴染の由佳ちゃんと仲が良いとは聞いたことがあったけど」
「あ、ありがとうございます」
「くーちゃん、由佳ちゃんのことを大切にしないと駄目よ」
「それはもちろん、心得ている」
最初にお祖母ちゃんから、由佳を連れて来て欲しいと言われた時には少し驚いた。くーちゃんのお嫁さんが見てみたい。それは確かにずっと言われてきたが、こんな風に付き合ってすぐの彼女を連れて来ることになるとは、思っていなかったのだ。
ただそれは、お祖母ちゃんなりに思う所があるということなのかもしれない。俺としては、あまりそういうことは思わないで欲しいものだが。
「ろーくんは、今でもとっても私を大切にしてくれています。本当にかっこよくて……私の自慢のお婿さんです」
「おやまぁ、そんなに褒めてくれるなんて……お祖母ちゃんとしても、嬉しい限りだねぇ」
「ああ、いや、その……」
「ふふ、くーちゃんはいいお嫁さんに巡り会えたねぇ」
由佳の力説に対して、お祖母ちゃんは本当に嬉しそうにしていた。
しかし俺としては、少々恥ずかしい。俺はそんなに褒められるような男ではないはずなのだが。
「さてと、まあここは何もない所だけど、せっかくだからゆっくりしていってね?」
「はい。そうさせてもらいます。でも、何もない所ではないと思いますよ。自然がいっぱいで、とっても綺麗です」
「あらまぁ、ふふ、いけないわねぇ。いつも見ているからといって、あの山々の美しさを忘れるなんて」
お祖母ちゃんは、先程からずっとニコニコとしている。どうやら、余程由佳のことを気にいったようだ。
そこでふと、俺の頭に過った。もしも由佳の髪がピンク色のままだったら、お祖母ちゃんはどう反応していたのだろうか。
多分最初は、少し驚いただろう。でもなんというか、結果は変わらなかったような気がする。
「あ、そうそう二人にはあっちの離れを使ってもらおうと思ってるの」
「離れ。あっちにあるお家ですよね?」
「ええ、二人きりで過ごせるからね?」
そこでお祖母ちゃんは、俺に視線を向けてきた。
なんというか、少し意味深な視線である。いや、これはやはりそういう意味であるのだろうか。
そんなことを考えて、俺は少しだけ呆れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます