6.俺は今まで地面と触れ合ってこなかった。
地面と触れ合うことを、俺という人間はあまり経験してこなかった。
由佳と別れてからは、外で遊ぶ頻度も減ったし、学校の授業や課題くらいでしか、土とは向き合っていなかったように思える。
そう考えると、少し情けないような気もした。何度も来ていながらこの土に触れてこなかったのは、恥ずべきことといえるかもしれない。
「ごめんね。由佳ちゃん。畑なんて手伝ってもらっちゃって」
「いえ、こういう機会はないんで、すごく楽しいです」
「もう、本当にいい子だねぇ」
俺は由佳の提案で、お祖母ちゃんの畑仕事を手伝っていた。
家の食卓に時々並んでいた野菜、それを収穫するというのは初めての経験だ。
今まで、この畑を手伝おうという気持ちにはならなかった。由佳が提案しなければ、きっとこれからもこの土に触れようとは思わなかったかもしれない。
「それにしてもすごいですね。こんなに色んな野菜を育てるなんて……」
「ふふ、ありがとう。でもね、別に全部が全部ちゃんと育てられているって訳ではないのよ。失敗して駄目にしちゃった野菜もあるの」
「それでもすごいと思います。この畑を一人でって考えたら……」
「そうねぇ。でも本当はもっと育てたいのよ? もうちょっと動けるならいいんだけど、流石に無理があってねぇ」
母さんが時々手伝っていたとはいえ、お祖母ちゃんはこの畑をほとんど一人で管理していた。
それは由佳の言う通り、すごいことだ。根気とやる気がなければ、きっとそんなことはできない。
「それなら、私に言ってください。私で良ければ、いくらでも手伝いますから」
「そう言ってくれるだけで充分よ。この畑はね、お年寄りの道楽だからねぇ。由佳ちゃんやくーちゃんは、もっと色々な所に行って、色々なことを知らないといけないんだから」
「あっ……」
そこで由佳は、俺の方に視線を向けてきた。
しかしそれに対して、俺もお祖母ちゃんもきょとんとしてしまう。この由佳の反応は、一体どういうことなのだろうか。
「由佳、どうかしたのか?」
「ろーくん、覚えていない? お祖母ちゃん今ね、ろーくんとおんなじことを言ったんだよ?」
「おんなじこと?」
由佳の言葉に対して、俺は少し考える。今お祖母ちゃんが言ったこととは、つまりどういうことなのかを。
「ああ……確かに、同じようなことを言ったか」
「何か新しいことに挑戦したら、自分の世界が広がる。ろーくんは私にそう言ってくれたんだよ?」
「……本当に随分と偉そうにご高説を述べていたものだな」
「でも、本当にその通りだったよ」
由佳の真っ直ぐな視線を、俺は素直に受け止められない。彼女に伝えたはずの理論を、俺自身が実践できていたとは言い難いからだ。
ただそれならきっと、これから実践していけばいいだろう。過去の俺は正しいことを言っていた。それが今ならわかる。
「くーちゃんがそんなことをねぇ……お祖母ちゃん、全然知らなかったわ」
「ふふ、やっぱり似てるんですね?」
「そうなのかねぇ。そう言われると、なんだか少し嬉しいねぇ」
由佳の言葉に、お祖母ちゃんは笑みを浮かべていた。
俺がお祖母ちゃんと似ている。それは今まで、考えてもいなかったことだ。
だが、そうなのかもしれない。俺はきっと、知らない内にお祖母ちゃんから色々なことを吸収していたのだろう。
そんなことを思いながら、俺は土いじりを続けるのだった。
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