3.暑くてもくっつくのは嫌ではない。
「それにしても、暑い日が続くものだな……」
「あはは、そうだよねぇ」
「なんだか、嬉しそうだな?」
俺の何気ない呟きに、由佳は笑顔で応えてくれた。
ただ、特別おかしなことを言った訳ではないはずだ。どうしてこんなにも笑顔なのだろうか。
「だってこんなに暑いのに、私達こんなにくついっているって思って」
「……それは確かにそうだな」
由佳に指摘されて、俺は苦笑いを浮かべることになった。
確かに俺達は、こんな暑い日であるというのにくっついて過ごしている。それは考えてみれば、おかしな話だ。
「離れれば、もっと涼しくなるという訳か」
「ろーくんは離れたい?」
「いや、全然そうは思わない」
「良かった。私も、ろーくんからは離れたくないし」
由佳はそう言って、俺の腕を抱く力を少し強くした。
そんな彼女の温もりは、まったく不快ではない。むしろもっと感じたいくらいだ。
「うわぁ、涼音、見てよあれ。暑苦しくない?」
「そう?」
「真夏なのに、あんなにくっついてるんだよ? 見てるこっちが熱くなりそう」
「そうかな?」
そこで俺の耳に入ってきたのは、聞き覚えがある二人の声だった。
振り返ってみると、そこには月宮と水原がいる。どうやら、彼女達も丁度待ち合わせ場所に着いたらしい。
「月宮、聞こえているぞ?」
「別に聞こえていてもいいよ。事実を述べてるだけだし」
「うーん。なんか千夜、ご機嫌斜めっぽい?」
月宮に対して、由佳は少し怪訝な視線を向けていた。
確かに考えてみると、月宮はいつもより少し辛辣である。いつもの彼女なら、からかいにももう少し余裕があるはずだが、何かあったのだろうか。
そう思って、俺は水原に視線を向けてみる。月宮のことなら、彼女が何か知っているかもしれないからだ。
「ああ、さっき千夜のこと拒否ったからかも」
「拒否ったって、何を?」
「抱き着いてきたから、暑いって……」
「あ、そういうことなんだ」
水原の言葉を聞いて、俺と由佳は月宮に微妙な視線を向けることになった。
それに対して月宮は、目をそらす。なんというか、少し気まずそうだ。
「千夜は涼音のこと本当に好きだよね……」
「いや、それは……そうだけど」
由佳の指摘に、月宮はゆっくりと視線をそらした。
しかし、それに関しては非常に今更だ。月宮が水原のことをとても好いているなんてことは、最早周知の事実である。
「あー、なんかもすごく暑くなってきた。どっかお店入ろうよ」
「そうしよっか」
月宮の言葉に、由佳はゆっくりと頷いた。それについては、俺も異論はない。由佳と引っ付くのは嫌ではないとはいえ、この炎天下でわざわざ話す必要はないだろう。
「まあ、それじゃあまずは書店かな? とりあえず新刊を皆でゲットしないと……」
「ゲーム屋さんより、本屋さんの方が近いのかな?」
「ああ、ここからならそうだな」
「へー、やっぱり涼音もろーくんも詳しいんだぁ」
「何か不満なのか?」
「べぇつにぃー」
今回この面子で集まったのは、所謂オタク趣味のためだ。
水原が発案者で、そういうことに興味がある者を集めたのである。
結果的に女子三人と出かけることになったため、正直ちょっと気は重かった。だが、案外どうにかなる気がしてきた。由佳がいてくれれば、問題なさそうだ。
「いや、今度の新刊はやっぱり楽しみだよね。まあ、ウェブ連載だから話としては読んだことはある訳だけど、やっぱり特典とかあるし、紙で読むのはまた違うからね」
「ああ、涼音は確かに毎回読んでたんだっけ」
「千夜も読んでなかったの?」
「いや、忘れちゃってさ」
新刊の話になったためか、水原のテンションは一段階上がった。最早彼女も、そういう一面を隠すつもりは微塵もないようだ。
ちなみに、件の漫画は俺も毎回読んでいる。とはいえ、やはり水原と同じように新刊は楽しみだ。
「それからはゲームだね。本は私と藤崎だけが買うってことだけど、そっちは皆で買うっていうことでいいかな?」
「うん。そのつもりだよ」
「ソフトがないと皆でできないんでしょ?」
「うん。まあ、一応なくてもできるみたいだけど……全力でやるならやっぱりソフトも欲しいかなって。まあ、一人でも楽しめるだろうし、持っておいて損はないって感じかな?」
今回は新刊の他に、ゲームも買う手筈になっている。割と有名なゲームの続編が出たので、皆でマルチプレイとかをする予定だ。
そうやって皆でゲームをするなんて、去年の俺にはなかった体験である。オンラインプレイもそんなにしていなかったし。
「あ、ゲームといえばさ。ろーくんがやっていた恋愛シミュレーションゲーム? あれも売ってるのかな?」
「もしかして、由佳もあれやりたいの?」
「うん。千夜が気に入ったゲームなんだよね? だったら、私でも楽しめそうだし」
「うん。滅茶苦茶面白いよ。おすすめ。でもあれなら……」
「ああ、俺の貸すとしよう」
オタク関連のあれこれは、基本的に俺と水原が由佳や月宮に貸すということになっている。それなりの値段がする訳だし、わざわざ買う必要はないからだ。
そもそも、二人はそこまでコアという訳ではない。今回のゲームの購入が、珍しいくらいだ。
「ありがとう、ろーくん。でも、なんか少し悪いような気もしてくるな。いつも貸してもらってばかりだし……」
「そんなの気にする必要はないさ」
「そうそう、遠慮なんていらないよ」
「なんで千夜が?」
そんな話をしながら、俺達はしばらく買い物に勤しむのだった。
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