夏休み編

1.俺は夏という季節がどちらかというと好きではなかった。

 夏という季節が、俺はどちらかというと好きではなかった。

 暑いのが理由という訳ではない。むしろ、寒いよりは幾分か平気なくらいである。

 なら何故夏が嫌いなのか。その理由は、夏に起こり得ることに関係している。


「海に祭りに、俺には縁のないイベントだな……」


 一年前の俺は、確かそんなことを言っていたはずだ。

 振り返ってみると、ちょっと痛いような気もする。そうやって斜に構えていた俺は、できれば思い出したくないものだ。


「いや、春だって秋だって冬だって、俺には縁のない行事ばかりだった訳だが……」


 改めて考えてみると、去年までの俺は好きな季節なんてなかった気がする。

 強いて言えば、春か秋くらいだろうか。気温的に過ごしやすいということ以外、俺の季節の好き嫌いの判断基準はなかったのだ。


「といっても、別に今も行事で好き嫌いが決まるという訳ではないな。そもそも、俺はまだイベントのある夏を体験していない」


 そこで俺は、パソコンに表示されているゲームに意識を移した。

 それは所謂、恋愛シミュレーションゲームという奴だ。友人に勧められたこともあってやってみているのだが、一応有名なゲームなだけあってそれなりに面白い。

 ただなんというか、こういうゲームは以前までと同じようにプレイできなくなってしまっている。現実を知ったことによって、俺の心境に何かしらの変化が起こっているということだろうか。


≪どう?≫

≪まあ、面白いんじゃないか?≫

≪へぇ、実際に彼女がいる身でも面白いって思うもんなんだね?≫

≪別に彼女の有無は関係ないと思うが?≫

≪いやさ、由佳に悪いとか思わない?≫


 俺はスマホに表示されたメッセージを見ながら、頭を抱えていた。

 この友人は、俺にどんな反応を期待しているのだろうか。そもそもやるべきだと熱弁してきたのは、向こうだというのに。


≪人を浮気しているみたいに言うのはやめてくれないか≫

≪でも、今別の女の子と恋愛してる訳だよね?≫

≪ゲームの話だろう≫

≪ゲームでも同じじゃない? というか、浮気してる人は皆そういうよね? これは浮気じゃないって≫


 水を得た魚のように勢い付くメッセージに、俺は苦笑いをすることしかできなかった。

 しかし、流石にこれが浮気なんてことはないだろう。由佳は俺のこういった趣味に関しては、許してくれているはずだ。

 ただ、漫画やその他のゲームならともかく、恋愛シミュレーションというのはまずいのだろうか。なんだか、段々と自信がなくなってきた。


≪所で、誰を攻略してるの?≫

≪春香だが……≫

≪幼馴染じゃん≫

≪別に幼馴染というだけで選んだ訳ではない≫

≪ああ、ピンク髪だから≫

≪俺は黒髪の方が好きだ≫

≪いや、それはのろけじゃん≫

「……」


 メッセージを返しながら、俺は自分がドツボにはまっていることに気付いた。

 月宮のからかいを一々取り合ってはいけない。いつだったか水原に言われたことを、俺はそこで思い出した。


「敵わんな……」


 そんなことを思いながら、俺はふと窓の外を見る。

 一年前の俺は、きっとこんな風に友人とメッセージのやり取りをするなんて思ってもいなかっただろう。それだけでも、俺にとっては大きなイベントといえるのかもしれない。


「今年は暑い夏になりそうだな……」

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