番外編3 父親との距離感が掴めない。

 いつの頃からかあるいは生まれた時からか、私は父親というものがどうにも苦手だった。

 別に父のことが嫌いという訳ではない。ただなんというか、いつも何を話していいのかがわからないのだ。

 母親となら気軽に話せることでも、父親には話せない。私は自然と父と距離を取っているのだ。


「はあ……」

「……二葉、どうかしたの?」

「えっと……」


 そのことに辟易としてため息をついていると、姉が私の方を心配そうに見てきた。

 その質問に対して、私は少し考える。私の悩みを素直に打ち明けていいものかと。

 私と違って、姉は父と良好な関係を築いている。そんな彼女に対して、私の心の中にあるあれこれについて話すのはどうなのだろうか。


「何か悩んでるみたいだね?」

「いや、それは……」

「うーん、お父さんのこととか?」

「え? どうしてわかるの?」


 悩む私に対して、姉は呆気からんといった表情で驚くべきことを言ってきた。

 まさか、私の悩みがばれているなんて思ってもいなかったことだ。顔に出ていたりしたのだろうか。


「えへへ、当たるもんだね?」

「……かまをかけたということ?」

「うん。そんな感じ。まあでも、なんとなくはわかったよ。二葉が悩むことっていったら、お父さんのことだもん」


 姉の言葉に対して、私は少し顔を歪めることになった。

 正直複雑な心境である。確かに私は、父との関係に悩むことはあるが、別にそれだけという訳ではない。

 私だって、もっと壮大な悩みを抱くこともある。例えば……世界平和とか?


「二葉は……お父さんのこと嫌いなの?」

「別に嫌いという訳ではない。ちょっと苦手なだけ」

「二葉は意外とはっきりそう言うよね?」

「……それはどういうこと?」


 私の回答に対して、姉は意外な言葉を返してきた。

 自分でもよくわかっていない気持ちであるため、どうしても曖昧な答えになってしまうのだが、それがはっきりしているとはどういうことだろうか。


「私の同級生とかね、時々お父さんのこと嫌いって言う人がいるんだ。二葉はそういう人達とは違うんだなって思って」

「……それは所謂、思春期という奴では?」

「二葉は難しいことを知ってるんだね」

「いやいや……」


 姉の笑顔に、私は思わず笑ってしまう。

 彼女と話しているといつもこうだ。そのペースに飲まれてしまう。


「……ちなみに二葉はお母さんのことは好き」

「好き」

「あはは、そっちは明瞭なんだね?」

「あ、いや、まあ好きなものは好きだし」


 姉の質問に、私は思わず即答してしまった。

 父と違って、母に関してはそう言える。何なら私は、少しマザコンなくらいだ。

 その違いがどうして生まれているのかも、私にはよくわかっていない。ただ明確なのは、私がお母さんっ子ということだけである。


「私は、お母さんもお父さんも好きなんだけどな」

「まあ、それはよくわかってる」

「あ、二葉のことも好きだよ」

「……私も、お姉ちゃんのことは好きだけど」


 姉は私をぎゅっと抱きしめてきた。

 基本的に、この姉はファザコンでマザコンでブラコンでシスコンだ。それは今まで接してきてよくわかっている。

 そして私も、姉のことは好きだ。というかお互いに好きでなければ、こうやって同じ部屋で寝起きをともにしていない。


「……結局さ、二葉はね。お父さん似なんだと思う」

「……お父さん似?」

「うん。お母さんもお父さんもよく言ってるよ? 二葉はお父さんに似た性格だって」

「……」


 姉の温もりを感じながら、私は少し微妙な気分になる。

 父親似、そう言われてあまりいい気はしない。ただ確かに納得できてしまう。少なくとも私は、母親に似た性格ではない。


「はあ、なんというか微妙な気分……つまり私は、同族嫌悪的な感情を抱いているということか」

「うーん、どうなんだろうね? でもさ、お父さんは二葉が自分にちょっと冷たい理由はなんとなくわかってるって言ってたよ?」

「ぐぬぬ……」


 なんとなくではあるが、私が父に対して微妙な態度になる理由はわかってきた。

 同時に理解する。私にもきっと、父と笑って話せる日が来るのだろうと。父と同じ領域に達した時に、私はそうなれるのだ。

 その領域に至れていないことが、どうしてすごく悔しかった。こんな風に思うのは、私がまだまだ子供だからなのだろうか。

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