番外編2 生憎俺は傘を持って来ていなかった。
「む……」
授業が終わって帰ろうとしていた俺は、下駄箱で足を止めることになっていた。
外を見てみると、ぽつぽつと雨が降り出している。いつの間にか、天気が悪くなっていたようだ。
生憎、今日は傘を持って来ていない。天気予報は晴れだったので、そんなことは微塵も考えていなかったのである。
「あれ? ろーくん?」
「む……」
そんな訳でどうしようかと思っていると後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこには由佳と四条がいる。どうやら二人も帰る所であるらしい。
「まだ帰ってなかったんだ」
「あ、ああ……」
俺は基本的には、一人で帰宅している。由佳の家に遊びに行くなどの用がない限り、彼女とは別行動をするように心がけているのだ。
その理由は色々あるが、とにかく俺は彼女と一緒に帰ることを避けている。故に、このタイミングで顔を合わせるというのは、少し気まずく思ってしまう。
いや、それは思い上がり甚だしいだろうか。まるで由佳が俺と一緒に帰りたいと思っている前提の考えである訳だし。
「あら? 雨が降ってるみたいね?」
「え? 雨? あ、だからろーくんは帰れなかったんだね?」
「……まあ、そういうことだ」
俺が少し考えている内に、由佳と四条は状況を理解していた。
ただ、今の返答には少々誤りがあるかもしれない。この程度の雨であるならば、別に気にせず帰ることはできたはずだからだ。
今となってはそうした方が良かったと思う。ここでこの気まずい空気になるくらいなら雨に濡れた方がましだったはずだ。
「それなら丁度よかったかも。私、傘持ってるから」
「傘?」
そこで由佳は、鞄の中から可愛らしいピンク色の折り畳み傘を取り出した。
恐らくそれは日頃から常備しているものなのだろう。流石は由佳だ。賢明な判断である。
しかし、それがどうも彼女の言葉と結びついてこない。彼女が傘を持っていることが、どうして丁度よいということになるのだろうか。
「なるほど、それなら私は邪魔者ってことね」
「え? あ、いや、そんなことないよ。舞」
「別にいいわ。由佳は、そいつと帰りなさい」
「あ、舞……」
俺の思考が追いつかない内に、四条は同じく折りたたみ傘を取り出してそのまま帰って行ってしまった。
由佳はそれを追いかけようとする素振りを見せた後、ゆっくりと立ち止まって俺の顔を見る。その顔にはなんというか、迷いのようなものがあった。
「……まあ、俺のことは放っておいてもらっても構わない。早く四条を追いかけるといい」
「……ううん。舞はああ言ってくれたし、今日はろーくんと一緒に帰りたいな」
「そ、そうか。しかし、俺は傘も持っていない訳だし……」
「え? それは私の傘があるから大丈夫だよ」
「……何?」
由佳の言葉に、俺は思わず変な声を出してしまった。
それはつまり、彼女と俺が同じ傘の元に歩くということだろうか。それはなんというか、非常にまずい気がする。
「待ってくれ、由佳。それは流石に悪い」
「何が悪いの?」
「その傘は、それ程大きいものではないだろう。そんなものを二人で使うとどう考えても面積が足りない。つまり、由佳が濡れてしまうことになる」
由佳との相合傘なんて、流石によくないだろう。そういうものは恋人や同性の友達間でなければ許されないことであるはずだ。
もちろん、今述べたのも理由の一端ではある。由佳が雨に濡れるというのはよくない。それで風邪でも引いてしまったら大変だ。
「大丈夫だよ。ぴったりくっつけば問題ないはず」
「いやいや、ぴったりくっつくなんて……」
由佳の言葉を否定しようとした俺は、言葉を詰まらせることになった。考えてみると、俺は相合傘よりももっと大胆に由佳と触れ合っているということを思い出したからだ。
それを理解したのか、由佳はにっこりと笑った。そんな可愛らしい笑顔を向けられてしまうと、もう反論なんて思いつけなくなってしまう。
「ろーくん、こっちに来て?」
「……ああ」
色々と考えた結果、俺は由佳の隣に並んだ。肩と肩が引っ付く程の距離まで近づいたためか、彼女の温もりが伝わってくる。
そんなことを考えていると、由佳は傘を広げ始めた。それを見て思う。もう決意したのだから、傘は俺が持つべきだと。
「由佳、傘を貸してくれ」
「あ、うん」
俺は由佳から傘を受け取り、それを掲げる。やはり傘の大きさはそれ程ではない。ただ確かにこの距離ならば、なんとか収まり切るだろう。
「ろーくん、ろーくんの肩少しはみ出してない?」
「……このくらいなら問題はないさ」
「でも……」
「俺は由佳が濡れる方が嫌だ」
「ろーくん……」
由佳の指摘に、俺はゆっくりと言葉を返す。
当然のことながら、傘は由佳の方に向けている。万が一にも彼女が濡れるようなことはなってはならないからだ。
それは俺の矜持である。故にその部分に関して譲る気は一切ない。
「ありがとう。ろーくんは優しいね?」
「いや、そんなことは……」
「優しいよ? でも、私はろーくんにも濡れないで欲しい……だから、こうしよっか?」
「なっ……」
そこで由佳は、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
確かにこれならもっと近づける訳だが、俺の動揺は加速してしまう。
「これなら大丈夫かな?」
「ど、どうだろうか……」
「まあ、とりあえず帰ろっか?」
「あ、ああ、そうするとしようか……」
いつまでも立ち止まっていても仕方がないので、俺は由佳の言葉に頷く。
こうして俺達は、二人でくっつきながら帰路に着くのだった。
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