第127話 会場の熱気にあてられてしまったのかもしれない。
「あ、そろそろ始まるみたいだね」
「ああ、そのようだな……」
由佳と話している内に、リレーの選手達は位置についていた。そしてそれに気付いてからすぐに、会場に大きな音が響く。それはリレーの始まりを告げる音だ。
「……競ってるね?」
「ああ、今の所は接戦だな……」
第一走者達は、皆それ程変わらない速度だった。
このリレーの選手として選ばれるのは、各クラスでも選りすぐりの運動能力を持つ者達だ。だからこそ、実力にそこまで差があるという訳ではないのだろう。
ただそれでも、少しの差は生まれている。その差が積み重なることによって、勝者が決まるのだろう。
「あっ……」
「む、これは……」
第二走者にバトンが移る際に、とあるクラスが出遅れた。リレーにおいて最も重要ともいえるバトンの受け渡しに、失敗してしまったようである。
実力が変わらない故に、そこでのミスを取り返すのはかなり苦労しそうだ。余程すごいことが起こらない限り、その差が覆ることはないだろう。
「諦めるな!」
「頑張れ!」
そんなクラスの人達だろうか。応援する大きな声が聞こえてきた。
少し周りに気を向けてみると、あちらこちらで声が聞こえてくる。リレーの選手達を応援するその声は、皆熱気に溢れている。
その想いに、俺の心は少しだけ揺れていた。ゆっくりと唾を飲み込み、息を整える。自然と体がそうしていたのだ。
「……ろーくん、江藤君の番だね?」
「ああ……」
そんなことをしている内に、リレーは第四走者にバトンが渡っていた。
我がクラスの第四走者は、江藤だ。サッカー部のエースであるあいつの足はかなり速い。
それにすごい歓声だ。あいつに関しては、クラス関係なく応援されているらしい。
「はあ……」
「ろーくん?」
これだけ応援されているあいつに、俺の声なんて届くことはないだろう。
しかしそれでも、俺は大きく息を吸い込んでいた。声を出そうと、腹に力を込めていた。
それに理由なんてないのだろう。俺はただ真っ直ぐに、自分の想いを吐き出すだけなのだ。
「江藤! 頑張れ!」
「ろーくん……」
俺の声に、由佳は驚いたような顔をした。俺の行動は、彼女にとっても予想外だったということなのだろう。
それは当然である。その行動は、俺にとっても予想外のものだった。会場の熱気に当てられてしまったのだろうか。
「江藤君! 頑張って!」
しかしすぐに由佳は笑顔を浮かべて、声を出し始めた。
そうやって俺達は、届くかどうかもわからない声を必死に出す。
「竜太君の番だね?」
「ああ、竜太! 頑張れ!」
一瞬の内に、バトンは江藤から竜太に渡っていた。
その時点で、俺達のクラスの順位は二位だ。つまり竜太の走りによって、全てが決まるということになる。
幸いにも、バトンの受け渡しはスムーズだった。後は竜太が追いつき、追い抜くだけである。
「……速い!」
「本当にすごいスピードだね!」
俺がそんなことを考えている内に、竜太はすごいスピードで前へと進んでいた。
アンカーであるため、周りにいる者達は全員クラスで一番の走力を持っているはずである。その中でも飛びぬけて速いため、竜太はかなり足が速いといえるだろう。
「……どうやら、去年の雪辱を余程晴らしたかったみたいだな」
「うん。そうみたいだね」
俺と由佳は、顔を見合わせて笑顔を浮かべていた。
竜太の走りを見て、嬉しそうに笑っている四条の姿が目に入ったからだ。
間違いなく、彼女に良い所は見せられている。きっとそのために、竜太は努力してきたのだろう。
「……圧倒的だったね」
「ああ」
そして竜太は、見事一位でリレーを終えた。その走りは、見事だったとしか言いようがない。
それによってクラスの一位も決まったからか、周囲の者達は皆騒がしくしている。
そんな中で、四条はこちらに寄って来ていた。恐らく、勝利の喜びを分かち合いに来たのだろう。もちろん俺とではなく由佳と。
「舞、私達の優勝だね?」
「ええ、そうみたいね……」
「竜太君、すごい走りだったよね? 圧倒的だったよ?」
「まあ、確かに褒められるべき走りだったと思うわ」
四条は、由佳と楽しそうに話していた。やはり、竜太の活躍に喜んでいるようだ。
その様は、姉といえるのだろうか。それを俺は少し考える。
確かにそう思えなくもないが、なんとなく俺はそれだけではないような気がした。確証は持てないが、やはり単に弟と思っているだけではないのではないだろうか。
しかしどちらにしても、今回の竜太の活躍は四条の胸に刻まれたはずだ。それはきっとあいつにとって有益に働くのではないだろうか。
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