第126話 あれよあれよとしている内に、体育祭当日を迎えていた。

 あれよあれよとしている内に、体育祭当日を迎えていた。

 前日までの特訓のおかげでもあって、俺はそれなりに動けている。

 もっとも、元々常人以下の運動能力しかなかった俺のそれなりとは大したものではない。結局、競技をこなすので精一杯だった。


「つ、疲れた……」

「ろーくん、お疲れ様」

「ああ、ありがとう……」


 最後の競技を終えて帰って来た俺を、由佳は温かく迎えてくれた。

 こうやって彼女が何度も迎えてくれるからこそ、頑張れたというのはある。

 ただ、そんな由佳に良い所を見せるという当初の予定はまったく果たせていない。しかしそれは最早今更過ぎることだ。


「さてと……次の競技は、リレーだったか?」

「あ、うん。そうだよ。いよいよクライマックスって感じ」

「クライマックスか。まあ、一番盛り上がる所だよな……」


 体育祭自体の最後の競技は、リレーである。体育際の目玉といってもいい競技だ。 ただ走るだけの競技なのだが、どうしてこんなにも盛り上がるのだろうか。いや、単純だからこそ奥が深いのかもしれないが。


「ふむ……点数的には競っているんだな?」

「そうだよ。リレーに勝ったクラスが勝ちだね?」

「それなら本当に盛り上がるな……」


 どうやら、このリレーによって体育祭の勝利は決まるらしい。

 個人的には勝利なんてものに興味はないが、それでも俺はクラスを応援しようと思う。なぜならこのリレーには、俺の友人二人が参加しているからだ。


「……竜太も江藤も気合が入っているようだな」

「ああ、確かにあの二人は燃えてるね?」

「かつては一位と二位を争った二人が共闘するなんて、他のクラスからしたらたまったものじゃないだろうな」

「確かに、クラス分け的にはバランスが悪かったのかな?」

「俺という足手纏いがいたから、戦力的にはトントンだったんじゃないか?」

「もう、またそんなこと言って」


 去年争った二人は、同じ列に並んで何かを話している。その顔は真剣だ。真面目に勝利を目指そうとしているのだろう。

 そこで俺は、ふと四条の方を見た。彼女は、いつも通りの表情で竜太の方を見ている。

 竜太はきっと、そんな四条に良い所を見せようと思っているはずだ。その想いが届いてくれるといいのだが。


「アンカーは、竜太なんだな……」

「あ、うん。話し合いの結果、そうなったみたい。ほら、江藤君はさっきも競技に出てたでしょ?」

「ああ、そうだな」


 江藤は、先程まで俺と一緒に二人三脚に参加していた。

 何を思ったのか、あいつはどうしても俺と組みたいと言ってきたのだ。

 足の速いあいつと一緒に走れるかどうかは、正直心配だった。ただ結果としては二位に終わったので、俺達は案外相性が良かったのかもしれない。

 しかしその競技によって、江藤には疲労が蓄積している。それを考慮して、順番はそのように決まったのだろう。


「ねえ、ろーくん。そういえば、ろーくんは去年の体育祭はどうしていたの?」

「うん? ああ、そのことか……」


 そこで由佳は、ふとそのような質問をしてきた。

 その質問は、正直言ってもっと早く聞かれるものかと思っていた。故に覚悟はしていたが、やはり話すとなると少々胃が重たい。


「サボった」

「サボった?」

「ああ、行かなかった。行く気もなかった。家にいたよ」


 去年俺は、この場にいなかった。特にやる気も出なかったし、仮病を使って家で休んでいたのだ。

 ただそうしたのには、単純に体育祭が面倒くさいという他にも理由があった。その理由を話すのが、正直少し心苦しかったのだ。


「当時は、由佳に見つかりたくもなかったからな……」

「あっ……」


 俺は去年、由佳を避けていた。彼女と関わらないようにして、ずっと生きてきたのである。

 由佳が俺のことを認識しているかどうかはわからなかった。ただどちらにしても、俺は彼女に醜態をさらしたくなくて家に閉じこもっていたのだ。


「そっか。そうだよね……考えてみたら、体育祭でろーくんが競技に参加していたら、わかるもんね」

「ああ、そうだ」


 もしも参加していたら、由佳はきっと俺のことを見つけていただろう。今ならそれが確信できる。

 今考えると、情けない限りだ。俺にもっと勇気があればよかったのだが。


「……すまなかった」

「……謝らなくていいよ。大丈夫、今はこうやって一緒にいられるもん」


 謝罪の言葉を口にした俺に、由佳はそっと手を重ねてきた。

 その手をゆっくりと握る。こうやって二人で一緒にいることの幸せを噛みしめながら。

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