第118話 普段運動していないつけが回ってきた。

「ろーくん、大丈夫?」

「あ、ああ、問題ない……」


 由佳との特訓が始まって二日目、俺はとある症状に悩まされていた。

 それは所謂、筋肉痛という症状である。普段まったく運動していない俺は、激しい筋肉痛に悩まされていたのだ。

 しかしそれでも、今日の分のメニューはこなした。ただその結果、今日も由佳の部屋にうつ伏せで倒れることになったのである。


「問題なかったら、そんな風に倒れていないんじゃない?」

「……まあ、それはそうではあるが」

「マッサージしてあげようか?」

「マッサージ……?」


 由佳の提案に、俺は少し驚いた。

 マッサージ、それはとても魅力的な提案だ。ただ、少し悪いような気もする。


「それはとてもありがたい提案ではあるが、由佳は大丈夫なのか? さっき走ったばかりだし、それに由佳も多少の筋肉痛はあるだろう?」

「私は大丈夫だよ? ダイエットとかで走ってるって言ったでしょう?」

「なるほど、どうやら俺は由佳を見習わなければならないようだな……まあ、走るかどうかはともかく、これから偶に散歩とかするか」


 体育祭において恥をかかないように特訓するという当初の目的は、既に打ち砕かれてしまった。

 だが、それとは関係なく運動するべきだと今回の件で実感した。俺はいくらなんでも、運動してなさ過ぎだ。

 当然のことながら、運動はしておいた方が絶対にいい。健康のためにも、これからは体を動かすことを心がけよう。


「それなら私も一緒に行きたいな?」

「もちろん、由佳がついて来てくれるなら嬉しい」


 由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。

 由佳と一緒に散歩する。その時間は、確実に楽しい時間になるだろう。

 そう思うと、なんだかやる気が湧いてくる。なんというか、これならサボらず運動できそうだ。


「それでろーくん、マッサージはどうする?」

「ああ、お願いしてもいいか?」

「うん。もちろんだよ」


 俺がお願いすると、由佳はゆっくりとこちらに近づいてきた。

 主に筋肉痛なのは足である。それは由佳にも伝えてあるからか、彼女は俺の足の傍まで来た。


「痛いのは、この辺り?」

「ああ、確かにその辺りは痛いな……」

「それじゃあ、マッサージするね?」


 由佳は俺のふとももの裏の部分に手を触れた。そして、ゆっくりと優しくその部位を揉み込んでいく。

 それ自体は、非常に気持ちいい。力加減もいいし、由佳がそういうことをしてくれているという状況が、俺にとって幸福度が高い。

 ただ、少し恥ずかしさもあった。彼女が触れている部分は、普段触れられるような部分ではないしお尻にも近い。そのため、なんだか変な感じがするのだ。


「……ろーくん。お尻とかも痛くない?」

「え?」

「走った後だと、お尻とかも結構痛くなるよね?」


 そこで由佳は、俺が結構気にしていた部位について聞いてきた。

 正直言って、お尻も結構痛い。多分、マッサージしてもらったら気持ちいいだろう。

 しかし、その部位を由佳に触れさせていいのだろうか。なんだか、いけないことであるような気もする。


「まあ、痛くない訳ではないな……」

「それじゃあ、マッサージするね?」

「あ、えっと……む」


 俺が色々と考えている内に、由佳は俺のお尻に触れてきた。

 方式としては、先程までとは変わらない。ゆっくりと優しく揉み込まれるのは、とても心地いい。

 ただ彼女にお尻を揉まれているというこの状況が、俺は気になって仕方なかった。これはいわば治療の一種なのだろうが、なんだか変な感じだ。


「……ろーくんのお尻、結構柔らかいね」

「え? あ、えっと……まあ、無駄な肉が多いということだろう」

「でも触ってて楽しいよ?」

「……あ、ありがとう」


 由佳のおかしな言葉に、俺はとりあえずお礼を言うことしかできなかった。

 お尻が柔らかい。これはもちろん褒めてくれているのだろうが、喜んでいいことなのだろうか。それがわからない。

 なんというか、少し由佳の気持ちがわかったような気もする。もしかしたら昨日お腹を触った時、彼女はこのような気持ちだったのかもしれない。


「えっと、それじゃあ次はふくらはぎとかかな?」

「ああ、よろしく頼む」


 ただ由佳は、極めて冷静にマッサージをしてくれている。それはつまり、本当に俺の疲れている部分を揉もうとしているということなのだろう。

 それなら俺も、邪な気持ちは捨てなければならない。これは単なるマッサージ。そう思うことにしよう。


「……ねぇ、ろーくん。私も後でマッサージしてもらっていいかな?」

「……何?」


 そんな俺の考えは、一秒くらいで吹き飛んだ。

 由佳にマッサージをする。それは俺にとっては、とても魅力的なことだった。

 彼女の足やお尻を揉める。一瞬そう思って、俺のテンションはかなり高くなった。


「え? 駄目かな?」

「あ、いや、駄目という訳ではないさ。むしろ歓迎だ。だが……」

「だが?」

「謹んで引き受けさせてもらおうと思っただけだ」

「そ、そんなに固くならなくてもいいんだよ?」


 俺の言葉に、由佳は少し混乱しているようだった。

 しかし、俺はこの心意気で挑まなければならないだろう。そうしなければ、変な気でも起こしてしまいそうだ。

 これから行われるのは、あくまでマッサージ。俺はそれを再び自分に言い聞かせるのだった。

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