第115話 正直体育祭は憂鬱である。
俺は今日も由佳と一緒に学校に来ていた。
テストが終わったこともあって、教室内の空気は先週までと比べるとかなり明るい。やはり、皆気が抜けているのだろう。
ただ、まだテストは返却されていない。つまり、まだ本当の意味で安心できる時期という訳ではないのだ。
「……ふふっ、お揃いのキーホルダーなんて、相変わらずお熱いわね」
「お熱いって……」
そんなクラスメイト達の視線は、今日も俺達に向いていた。
誰かがお揃いのキーホルダーに気付いたのか、そういうことになってしまったのである。
もちろん、既に俺と由佳が付き合っているのは周知の事実である訳だが、それでもやはりこの視線は恥ずかしい。皆四条のように、お熱いとか考えているのだろうか。
「何縮こまっているのよ。そういうものをつけてきたということは、そういう視線を受けるということを覚悟してきたということでしょう?」
「いや、別に覚悟とかそういうものがあった訳ではない。ただ単純に、俺は由佳とお揃いのものをつけたかったというだけで……」
「その結果までは意識していなかったの? 浮かれていたのね?」
「あ、いや、それは……」
四条の指摘に、俺は言葉を詰まらせることになった。
当然のことながら、少し考えればこういう結果になるということはわかったはずである。
それがわからなかったということは、俺が浮かれていたのは間違いなく事実だ。それがどうしようもなく恥ずかしい。
「……あんたって由佳のことになると周りがわからなくなるわよね?」
「確かに最近はそういう自覚も芽生えてきたな……再会した時は、そんなことはなかったはずなのだが……」
「まあ、彼女に夢中になっているというのは悪いことではないんじゃない? それだけ由佳のことが好きってことでしょう?」
「それはもちろんだが……」
四条の言葉に応えながら、俺は先程から顔を少し赤くしている由佳に視線を向ける。
すると彼女は、苦笑いを返してきた。好意を伝えてもらうのは嬉しいが、友達の前では流石に恥ずかしいということなのだろう。
「そういえば、もうすぐ体育祭だよね?」
「ああ、再来週だったわね」
そこで由佳は、唐突にそのようなことを言ってきた。
恐らく、それは話を変えたかったからなのだろう。それ自体は、俺もありがたい限りである。
ただ、その内容は正直あまり喜べるものではなかった。体育祭などという行事を俺は思い出したくなかったのだ。
「体育祭か……」
「ろーくん? どうかしたの?」
「いや……正直言って憂鬱なんだ。俺は運動は得意ではない」
「そうなの?」
俺の弱気な言葉に、由佳は可愛く首を傾げてきた。
幼い頃の俺は、それなりに運動ができる方だった。その印象があるため、由佳は理解していないのだろう。
だが俺は、運動がとても苦手だ。スポーツ全般が苦手なので、当然体育祭もまったく楽しみではない。
「私も運動はそんなに得意じゃないよ?」
「……そうか」
「ろーくん、なんだかしっくりきてない?」
「いや、そういう訳ではないさ」
由佳のフォローのような言葉は嬉しかった。
だが俺は落ち込んでしまっている。俺は体育祭で確実に恥をかく。その情けない姿を由佳に見られることが、とても悲しかったからだ。
その姿で失望されて、その結果別れるということだってあるかもしれない。それを考えると、やはりテンションは上がらないのだ。
「九郎、恐らくお前が思っているようなことはないと思うぞ?」
「何?」
「なんだかそういう顔をしているだろう?」
「む……」
そんな俺の不安に、竜太は極めて冷静に声をかけてきた。
その言葉に、俺は冷静になる。その結果わかった。由佳は、それくらいで俺を嫌いになるような子ではないということが。
「まあ、気持ちはわからなくはない。ただ、もしもそう思っているというならこれから少しでも努力すればいいんじゃないか?」
「努力? それはどういうことだ?」
「反対側の隣を見てみろ」
「うん? え?」
竜太の指示に従って由佳とは反対側の隣に目を向けてみると、そこには期待しているといった感じの江藤がいた。
それによって、俺は竜太の意図を理解する。つまり俺に、江藤を頼れと言っているということなのだろう。
「……江藤、少し頼みがあるんだが」
「ああ、僕に任せてくれ、ろーくん」
「いや、まだ何も言ってないんだが……」
江藤は俺が何も言わずともその内容を理解していた。
もちろん、話が早いというのは助かる。しかし認識の違いがあってはいけないので、ここはきちんと言葉にするべきだろう。
「江藤、俺は運動が苦手だ。そこで、サッカー部のエースであるお前に教授してもらいたい。運動する方法を」
「そう言われる可能性もあるかもしれないと思って、事前にメニューは用意してあるよ」
「え?」
「なんて、それは冗談だよ。これは以前、僕がやっていた練習メニューだ。ここからサッカーの練習を取り除けば、それなりのトレーニングになると思う」
「そ、そうか……」
江藤から渡された紙に、俺は少し怯んでいた。
もしかして、本当に事前にこうなることを想定して作っていたのではないか。そんな考えが頭を過ったからだ。
だが、恐らくそんなことはないだろう。本人も言っている通り、単に自分がやっていたメニューを流用しているだけに過ぎないはずだ。
「それをやっていけば、ある程度の基礎能力は上がると思う。まあ、今できるのはそれくらいかな。時間もそんなにない訳だし……」
「助かるよ。ありがとう」
「お役に立てたなら何よりだ」
何はともあれ、江藤のメニューは非常に役に立ちそうだった。とりあえずこれをこなして、体育祭に備えるとしよう。
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