第113話 朝起きてからまったりするのもいいものだ。

「む……」

「あ、ろーくん。おはよう」

「ああ、おはよう……んっ」


 朝目が覚めて、俺は由佳とおはようのキスを交わした。

 このようにすぐに幸せな感触を味わえるのは、本当に幸せだ。そんなことを思いながら、俺は少しずつ意識を覚醒させていく。


「土曜日はいいよね。ベッドでゆっくりできるし」

「ああ、確かにそうだな。やはり休みというのはいいものだ」

「ろーくんは、お昼くらいまで寝てたこととかある?」

「……由佳と再会するまでは、そういうことも多かった気がするな。平日も遅くまで起きていることが多かったし、夜更かしばかりだった」

「そうなんだ?」


 俺は、由佳の頭にゆっくりと手を伸ばす。

 かつての俺は、夜更かしをすることが多かった。例え平日であっても、だらだらと時間を過ごしていたような気がする。


「由佳と再会してからは、そういうこともなくなった。それはきっと、明日になったら由佳に会えるという希望ができたからなんだろう」

「ろーくん……」


 由佳を撫でながら、俺は自分でも気付いていなかった変化について考えていた。

 由佳と再会するまで、俺は深夜の一時より遅い時間に寝て、朝の七時よりも早い時間に起きていた。そんな生活をしていたため、当然土曜日や日曜日は九時以降に起きるのが基本だったと思う。

 それが今は夜の十一時くらいには寝るようになり、土曜日や日曜日も七時くらいには目が覚めるようになった。その変化の要因は、間違いなく由佳だ。


「昨日も結局十一時くらいには寝たしな……」

「あ、そうだね。考えてみれば、私達ってそんなに夜更かししてないかも」


 俺が泊まる時も由佳が家に泊まる時も、俺達はそんなに夜更かししていなかった。自然と十一時くらいには寝ようという雰囲気になるのだ。

 それは恐らく、お互いに安心しきっているからなのだろう。彼女と一緒だと安眠できることからも、それは間違いない。


「いつか一緒に夜更かししたいね? 二人で朝までっていうのも楽しそうだと思わない?」

「……そうだな」


 由佳と一緒に夜更かしをする。それはもちろん楽しそうだ。

 ただ俺は今、違う想像をしてしまった。邪なことを考えてしまったのだ。

 だが俺はすぐに意識を切り替える。由佳にそのような意図はないはずだからだ。


「ところで今日は出かけたいんだったよな?」

「あ、うん。できれば、デートしたいな」

「それはもちろん構わない。ただ、どこに行くかはまだ決めていないだろう」

「うん。それは考え中」


 そこで俺は、話を変えることにした。

 昨日由佳は、今日はデートしたいと言っていた。ただ、その行き先などは決めていない。そのため、その話をしようと思ったのだ。


「付き合ってから初めてのデートだからね」

「そうなるんだよな……なんというか、少し不思議なような気もするが」

「まあ、それはそうかな? 私達、ずっとデートしてたもんね」


 付き合い始めてから、俺達はまだデートをしていない。告白してからのゴールデンウィークは由佳の家で過ごしたし、俺の引っ越しやテストによって、出かけられない期間が続いたのだ。

 しかしなんというかあまり初デートという感じはしないというのが、俺と由佳の共通の見解だった。それは、その前に毎週のようにデートしていたからなのだろう。


「まあ、お家デートっていう言葉もあるから、もう初デートは終わっているって考えるべきなのかな?」

「お家デートか……ただ、それもなんというか違う気がするな」


 由佳の言葉に、俺は少々疑問を覚えた。

 俺と由佳がお互いの家に泊まったりする。それは本当にお家デートといえるのだろうか。

 それはなんというか、少し違う気がする。デートという感じがしないのだ。


「うん。私もそう思う。ろーくんに来てもらうのも私がろーくんの家に行くのも……日常みたいな感じがする」

「日常か……確かにそうかもしれないな」


 由佳の理論に、俺は非常に納得していた。

 お互いの家を行き来するのは、俺達にとって既に当たり前のことなのだろう。そういう生活をしている。そのように考えてしまっているのだろう。


「再会してから久し振りに由佳の家に行った時はとても緊張したはずなんだがな……」

「そうだったの?」

「ああ、それはもちろんそうだとも。好きな人の家に行くんだから、緊張しない訳がないだろう」

「……今はそうじゃないの?」

「え?」


 由佳の指摘に対して、俺は思わず彼女の頭を撫でる手を止めてしまった。

 確かに、今の言い方だとまるで今は由佳が好きな人ではないという風に取られかねない。もちろんそんな訳はないのだが、これは勘違いさせても仕方ないだろう。

 しかし後悔している場合ではない。今は何よりも、由佳の勘違いを解かなければならないだろう。


「あ、いや、今のは言葉の綾というもので……」

「ふふ、わかっているよ?」

「え?」

「ちょっとからかっただけ」

「そうだったのか……」


 色々と説明を考えていた俺の頭は、由佳の一言で真っ白になった。

 からかわれていたという事実に、俺は心から安心する。勘違いされて由佳に嫌われたりしていたら、後悔しても仕切れない。

 ただやはり反省は必要だろう。今のは明らかに言い方が悪かった。絶対にもっといい伝え方があったはずだ。


「由佳……好きだ」

「……うん。私もろーくんのことが好き」

「俺は由佳とできるだけ長い時間一緒にいたいと思っている。そして何れは、由佳をお嫁さんにしたい。いや、俺は由佳をお嫁さんにする」

「うん。私をろーくんのお嫁さんにして」

「……だからこそ、俺にとって由佳と一緒に生活をするのは当たり前のことなんだ」

「うん。嬉しい……」


 俺は再び由佳を撫でるのを再開しながら、彼女に自身の想いを告げた。それに対して、彼女は笑顔を浮かべてくれる。

 とにかく俺は、由佳に好意を伝えようと思った。それこそが勘違いされるようなことを言ってしまったせめてもの贖罪だと思ったのだ。


「……このままお昼まで過ごせそうだね?」

「まあ、それはそうだな……だが、今日は出かけるのだろう?」

「うん。付き合ってから初めてのお出かけ……でももう少しだけ、こうしていたいな」

「ああ、そうだな」


 由佳の言葉に、俺は同意した。幸いにもまだ早い時間だ。後一時間くらいこうしていても、特に支障は出ないだろう。

 由佳は、俺との距離を詰めてきた。そんな彼女の体に俺は手を回す。


「今日も明日も、一緒にいようね、ろーくん」

「ああ……」

「んっ……」


 俺と由佳は、自然と唇を重ねていた。

 テストが終わったことによって、俺達はお互いを強く求めているのかもしれない。二人で勉強する時間は楽しかったが、やはり窮屈ではあった。つまり今は開放感で色々とタガが外れているということなのだろう。

 こうして俺達はしばらくの間ベッドで過ごすのだった。

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