第112話 俺の指は美味しかった。

「ろーくん、ただいま」

「ああ、お帰り、由佳」


 パジャマ姿の由佳が部屋に戻って来たため、俺は読んでいたラノベを閉じる。

 全てのテストが終わった金曜日、俺は由佳の家に泊めさせてもらうことになった。

 テスト期間中は、ほとんど俺の家に由佳が泊まっていたので、今度は逆にということになったのである。


「あ、ろーくん、その本読んでたの?」

「ああ、少し読み返していた」


 由佳にとあるラノベを貸すことになったというのも、俺がこちらに泊まることになった理由の一つだ。

 どうせその本を持って行かなければならないので、そのまま泊めさせてもらう方が都合が良かったのである。


「本当に借りてもいいの? ろーくん、読みたくなかったりしない?」

「別に構わないさ。読みたくなったら、こっちに来ればいいだけだしな」

「あ、それもそっか」


 そのラノベは結構な巻数が出ているため、俺もそんなに何度も読み返しているという訳ではなかった。そのため、貸すことに関してはまったく問題がない。


「それじゃあ、今日は二人で読書っていうことにする?」

「ああ、いや、俺は読書はしなくてもいい。もう一度読んでいる訳だしな。今は手持無沙汰だったから、読んでいたというだけだ」

「そうなの?」


 俺の言葉に対して、由佳は可愛く首を傾げた。

 正直、もう少し読んでいたいという気持ちはある。ただ由佳と触れ合いたいという欲望の方が強いので、俺はそれを切り捨てた。

 という訳で、俺は少しだけ体勢を変える。それは、俺がお風呂に入るまでしていた体勢だ。


「それなら、ろーくんに座らせてもらってもいい?」

「ああ、もちろんだ」


 由佳は俺の股の間に座り、ゆっくりと体を預けてくる。

 お風呂上りということで少し火照ったその体は、少し色っぽい。その温もりや匂いを感じると、先程まで読みたかったラノベの続きが全く気にならなくなってくる。


「座り心地はいいか?」

「最高だよ」

「そうか。それなら何よりだ」


 俺はリモコンを操作して、テレビをつける。するとそこには、先程まで見ていた映画が写し出された。その映画は、由佳がおすすめしてくれた映画だ。彼女がお風呂に入っている間は、一応止めておいたのだ。

 今日の俺達は、お互いに別々のことをしている。由佳はラノベを読み、俺は映画を見ているのだ。

 とはいえ、こうやってお互いの温もりを感じて偶に戯れるのはいつもと変わらない。二人で同じ時間を過ごすというのは、やはりいいものだ。


「ろーくん、お菓子食べさせてくれる?」

「うん? ああ、わかった。何が食べたいんだ?」

「ポテチがいいな」


 そこで由佳は、俺にそのような要求をしてきた。ラノベによって手が塞がっているし、油のついた手で本を読む訳にはいかないので、俺に頼んできたのだろう。

 もちろん、それを断る理由はない。しかし自分の指で彼女にお菓子を食べさせるというのは、どうにも緊張する。


「それじゃあ……あーん」

「あーん」


 俺は緊張しながらも、彼女の口元に手を持っていった。

 背中を預けられている都合上あまりよく見えないが、恐らく距離感としては特に間違っていないはずだ。

 直後に聞こえていたのは、ポテチが砕ける音だった。俺はそれに合わせて、指をさらに由佳の口元に近づけていく。


「あっ……」


 そこで俺は、自分の指が柔らかいものに触れたことに気付いた。

 それは間違いなく、由佳の唇だ。いつもキスをしているその部位は、指で触れるとまた違った心地よさがある。

 そんなことを思った直後、俺はすぐに指を離すべきだと思った。その唇の感触を楽しみたかったが、それは色々と趣旨が違う。


「んっ……」

「なっ、由佳?」


 しかし離すよりも前に、湿ったものが俺の指に触れてきた。

 それが何であるかは明白である。由佳の舌が、俺の指を舐めてきているのだ。

 お菓子を食べた後指を舐める。それは別に、そこまで変な行為という訳ではないだろう。しかしそれを他人にされるとやはり色々とくるものがある。


「んちゅ……ろーくんの指も美味しいね?」

「そ、そうか……」


 俺の指を入念に舐め終えた由佳は、最後に指にキスをしてきた。

 俺はゆっくりと彼女の唇から指を遠ざける。名残惜しいが、これ以上そこにいてはいけないと思ったからだ。

 由佳の舌は、とても気持ち良かった。そこも何度かキスで体験したことがある部分ではあるが、やはり指だとまた違った良さがある。


「……」

「……」


 それから由佳は、特に何も言わなくなった。恐らく、ラノベの内容に集中しているのだろう。

 そこで俺が気になったのは、自分の指である。由佳に舐められたその指は当然彼女の唾液によって湿っており、俺はそれをどうしていいかわからなくなっていた。

 もっとも単純な解決策は、ティッシュで拭くということだろう。

 ただ本当にそれでいいのだろうか。そんなことを思いながら、俺は自然とその指でポテチを手に取っていた。


「……ふむ」


 俺は迷うこともなく、それを自らの口元に運んでいた。由佳も食べたから、俺も食べる。それ自体は、何らおかしいことではないだろう。

 しかしながら、もちろん俺には別の意図があった。それを考えて、俺は少しだけ指を止める。


「……」


 少しの間考えた後、俺はポテチを食べ始めた。結局俺は、自分の欲望を抑えることができなかったのだ。

 ただこれには一応、深い理由という名の言い訳がある。由佳の体液を拭うという行為を、俺は自分の中で良しとすることができなかったのだ。

 故に俺は、ポテチを食べてその指を上書きすることに決めた。それが自分にとって、一番納得できるものだったのだ。


「んぐっ……」


 俺は自然な動作で、自分の指を舐めていく。

 正直、ポテチの味なんていうものはわからなかった。ただ一つ言えることは、俺の指が美味しいということだけだ。

 ただ同時に、とても自己嫌悪に陥っていた。俺は一体、何をしているのだろうか。そうやって冷静になると、胸が苦しくなってくる。


「ろーくん、もう一枚ちょうだい?」

「え? あ、ああ……」


 そこで由佳は、俺にそのような要求をしてきた。

 俺はとりあえず、ティッシュに手を伸ばそうとする。一度指を拭いてから、彼女に食べさせようと思ったからだ。


「ろーくん、そのままでいいよ?」

「……何?」


 そんな俺は、由佳の言葉に思わず固まってしまった。それでいいよと言われても、はいそうですかと動ける訳がない。

 しかしながらもしかしたら、由佳も俺と同じことを考えているのかもしれない。それならここは、彼女の意思に従った方がいいのだろうか。


「……それじゃあ、あーん」

「あーん……」


 という訳で、俺はそのままの状態で由佳の口にポテチを運んだ。

 すると彼女は、先程と同じようにポテチを食べていく。そしてそのまま、先程と同じように俺の指を舐め始める。


「……」

「んっ……んちゅっ……やっぱり、ろーくんの指は美味しいね?」

「……そうだな」


 やはり同じように最後にキスをして、由佳は俺の指の感想を述べてきた。

 確かに、俺の指は非常に美味しい。もっとも、俺の感じている美味しさと由佳が感じている美味しさは、違う美味しさではあると思うが。


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次回からは隔日投稿とさせていただきます。

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