第109話 勉強が嫌だからといって逃げることはないと思う。
『あ、もしもし藤崎?』
「ああ、そうだが……」
水原の言葉に、俺は普段通りに答えた。
しかし、それが普段通りであるかは微妙な所かもしれない。多少声が上ずっていたような気がする。
やはり、まだ先程の出来事が尾を引いているようだ。完全に冷静になることが、できていないような気がする。
『千夜がいなくなったんだけど、そっちに連絡していない?』
「いや、来ていないが……月宮は逃げたのか?」
『あ、うん。勉強が嫌だったんだと思う』
月宮の行動に、俺は少しだけ呆れてしまった。
いくら勉強が嫌だからといって、何も逃げることはないだろう。
いや、もしかして水原が意外とスパルタだったりするのだろうか。水原は基本的にクールだが、熱くなる時はすごく熱くなるし、それもあり得るかもしれない。
『後は、私があんまり構ってあげられなかったからかな……もうちょっと息抜きさせてあげるべきだったかも』
「……水原も大変だな?」
『別にそんなことはないよ。私が千夜の気持ちを考えられなかっただけ』
月宮は基本的にはいい奴ではあるのだが、少々面倒な部分がある。それは彼女の魅力でもあるのだが、それが今回は負の方面に働いてしまったということだろうか。
しかしながら心配である。前には家出で色々とことが大きくなった訳だし、本当に大丈夫なのだろうか。
『一応ね、一時間くらい外の空気を吸ってくるっていう書置きはあったんだけど……』
「む? そうなのか?」
『あ、うん。でも連絡がつかないから、やっぱり心配で……』
「まあ、それはそうだよな……」
一応月宮なりに、前回のようにはならないようにしているらしい。いつ帰ってくるかを明記しているなら、それ程問題はなさそうだ。
ただ万が一ということもあるので、水原は心配だろう。出て行ったのが自分のせいだと思っているのもある。月宮が帰ってくるまで落ち着かないだろう。
「あ、ろーくん。もしかして涼音と電話してる?」
「うん? ああ、そうだが」
『由佳の声がするね? 何かあったの?』
「スピーカーにしよう」
「あ、涼音? 聞こえてる?」
『あ、うん。聞こえてるよ』
水原と話しながらも、俺は由佳のことは気にしていた。
彼女と四条の電話は、少し前に終わっていたはずだ。その後、由佳はスマホで何かしていたが、それが月宮発見に関して、何かしらの成果が出たということなのだろうか。
『それで、どうかしたの?』
「舞がね。竜太君に連絡してね。竜太君が翔真君に連絡したみたいなんだけど」
『え? 翔真の所にいるの?』
由佳の言葉に対して、水原はとても驚いた反応をしていた。同時にその反応は、なんというか嫌そうである。
それ程までに、月宮が磯部の元に行っているのが嫌なのだろうか。いつも四条一派として行動をともにしているはずなのに。
「あ、ううん。そうじゃなくてね。翔真君が千夜に連絡したら通じたってこと」
『あ、なんだ。そういうことか……』
「だから安心してって。無事は確かみたいだから」
『うん。よかった……』
由佳の報告に、水原は心底安心したような声を出した。
もちろん、それは月宮が無事だったことへの安堵であるはずだ。ただ会話の流れ的に、磯部と何もなかったことに対する安堵のような気がしてしまう。
そう考えると、なんだか磯部が哀れに思えた。もっとも、それは俺の勝手な考えである訳だが。
『由佳も藤崎もありがとう。おかげで安心できたよ』
「いや、気にするな」
「うん、これくらい全然お安い御用だよ」
『あ、それとごめんね。二人の邪魔しちゃって。そろそろ切るから。また学校でね?』
「あ、ああ……」
「うん。また学校で……」
最後に俺達を少し茶化すようなことを言って、水原は電話を切った。
静かになった部屋で、俺と由佳は顔を見合わせる。なんというか、少し気恥ずかしかった。
「ろーくん、勉強しようか?」
「あ、ああ、そうだな……」
由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷く。
間に色々とあったため、既にお互いに冷静になっている。恐らくもうあの空気にはならないだろう。
こうして俺達は、しばらく真面目に勉強するのだった。
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