第105話 今日は平日なので学校に行かなければならない。
同じベッドで一夜を明かした後の日曜日、俺と由佳は勉強したりまったりしたりしながら一日を過ごした。
基本的には勉強をして過ごした一日だったが、俺は楽しい一日だったと思っている。多分俺は、隣に由佳がいてくれたら大抵のことは楽しいと思えるのだろう。昨日は、それを改めて確認することができる一日だったといえる。
「朝か……」
次の日が学校であるということで、昨日由佳は家に泊まらなかった。
という訳で今日は、一人で朝を迎えることになったのだ。
それはなんというか、少し寂しかった。今までは一人が当たり前だったというのに。
「あ、ろーくん、おはよう」
「ああ、おはよう……おはよう?」
そこで俺は、思わず変な声を出してしまった。
目の前に由佳がいる。俺の顔を覗き込むようにして、笑っているのだ。
しかしそれはおかしな話である。彼女がここにいる訳がない。昨日は確かに一人で寝たはずだ。
「ろーくん」
「んっ……」
由佳は寝たままの俺に、ゆっくりとキスをしてきた。
彼女の柔らかな唇には、確かな温もりがある。つまりこれは、間違いなく現実であるということだ。
「んんっ……んっ」
「……えへへ、今日もおはようのキスができたね?」
「あ、ああ……」
昨日の朝も、由佳とこうしておはようのキスを交わした。
そうやって朝を迎えられることは、もちろん嬉しいことである。ただそれを喜ぶ前に、疑問を解消しなければならない。
「由佳、どうして俺の部屋に?」
「ろーくんを起こしに来たんだよ? まあ結局、寝顔を見ちゃってたんだけど……」
「起こしに来た? 随分と早起きなんだな?」
「あ、うん。お弁当を作っていたから」
「ああ、そうか……悪いな。すまない」
「謝らないで。好きでやっているんだから」
俺の謝罪に対して、由佳は笑顔を浮かべてくれた。
しかしその謝罪は、お弁当を作ってくれていることに対する謝罪という訳ではない。自分の考えが及ばなかったことに対する謝罪だ。
由佳は俺のために弁当を作ってくれている。だから早起きをしていて、俺が起きる前に訪ねてきた。それは簡単に結びつくことだ。
それが結びつかなかったことが恥ずかしかった。由佳の苦労を考えられなかったことが、申し訳なかったのだ。
「由佳……」
「んっ……」
それを弁明しようかとも思ったが、俺はその代わりにキスをすることにした。
謝れば謝る程、由佳は気落ちする。だから愛おしいという気持ちを伝える方がいいと思ったのだ。
「ありがとう、由佳。由佳が俺のために頑張ってくれていることが嬉しいよ」
「そう言ってもらえるのは、すごく嬉しい……」
俺が感謝の気持ちを述べると、由佳は笑顔を見せてくれた。
やはりその判断は間違っていなかったらしい。由佳にとって嬉しいのは、謝罪ではなく感謝なのだ。俺はそれを改めて認識する。
「由佳は頑張り屋さんで可愛い俺の大好きな彼女だ」
「んっ……ありがとう、ろーくん」
俺は、由佳の頭をゆっくりと撫でた。
すると彼女は、気持ち良さそうな笑顔を浮かべてくれる。その笑顔が可愛くて、俺まで思わず笑ってしまう。
「ろーくんは、かっこよくて優しい私の大好きな彼氏だよ?」
「……ああ、ありがとう」
俺は由佳の言葉にお礼を述べる。
そう言ってもらえるのは、とても嬉しい。少々褒め過ぎなような気はするが。
「さて……それじゃあ、俺もそろそろ朝の準備をしないとな」
「あ、そうだよね……」
俺の言葉に、由佳は少し残念そうな顔をしていた。恐らく、もう少しこうしていたいと思っているのだろう。
それは俺も同じではある。できることなら由佳とずっとこうしていたい。
だが今日は平日である。つまり学校に行かなければならない。このようにまったりし続けることはできないのだ。
「……それじゃあ私はろーくんのお母さんを手伝おうかな?」
「母さんの手伝い?」
「うん。ろーくんの朝ご飯作りたい」
「……そうか」
そこまでしてもらうのは悪いという言葉を、俺は飲み込んだ。
それが由佳のしたいことであって、断る方が彼女を悲しませるということは既に学んだことである。
母さんには少し悪いが、由佳に朝ご飯を作ってもらえるというのは俺にとっては嬉しいことだった。やはり俺にとっては、彼女の手料理が一番のご馳走なのだ。
「……まさか、由佳とこんな風に生活できるとはな」
「確かにそうだね。お隣さんになって、本当に良かったよ」
「ああ、本当にそう思う」
由佳が起こしに来てくれて、朝ご飯まで作ってくれる。それができるようになったのは、彼女とお隣さんになれたからだ。この引っ越しは、俺にとって本当に幸いなものだったといえるだろう。
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