第106話 その焦りは俺にもある程度覚えがあるものだった。
「まさか、由佳がテスト期間の前から勉強するようになるなんてね」
「あはは、それは自分でも驚いていることかも」
四条の言葉に、由佳は苦笑いを浮かべていた。
勉強をしながらも由佳は時々、スマホで友人とやり取りを行っていた。そのため、四条も由佳がこの休みに勉強をしていたということは把握しているのだろう。
その事実に、彼女はひどく驚いているようだ。それ程に、由佳は勉強が嫌いだったということだろうか。
「まあ、優しくて真面目な彼氏の影響ということかしらね?」
「え? あ、いや、それは……」
「うん、その通り。私がやる気が出るようになったのはろーくんのおかげ」
四条の楽しそうな笑みをとともに放たれた言葉に、由佳は力強く頷いた。
もちろん、由佳が俺の影響で勉強にやる気を出したという事実は本人から聞いているためわかっていることだ。しかしながら、それを人前で認められるとやはり照れてしまう。
「良かったわね? 彼氏のおかげみたいよ?」
「あ、ああ……」
四条は最近、月宮に似てきたような気がする。彼女のように、俺をからかうようになったのだ。
それは別に悪いことという訳ではない。それがある種の戯れであるということは、既にわかっているからだ。
「しかし中間テストか。もうそんな時期なんだな……」
「……竜太はテストは嫌なのか?」
「楽しみという奴はいないだろう?」
「まあ、それもそうか……」
いつも飄々としている竜太も、流石に中間テストは嫌なようである。
しかし見た所、それでも結構余裕がありそうだ。つまり竜太の成績は、それ程悪くないということなのだろう。
「……江藤はどうなんだ?」
「僕もテストは嫌だよ。ただ、美冬姉と勉強できるからね。気は楽さ」
「穂村先輩は確か学年一位だったか?」
「ああ、昔から美冬姉は滅茶苦茶頭がいいんだ」
「なるほど……」
江藤の方も、特に問題があるという訳ではなさそうだ。俺の周りの人達は、案外テストだからといって焦ったりしない人達ばかりのようである。
「……由佳がやる気を出しているなら、後は千夜ね」
「千夜はいつもテストから逃げてるもんね」
「ええ、いつも通り涼音がなんとかしてくれるとは思うけど……」
「やっぱり心配だよね……まあ、私が言えた義理じゃないんだけど」
四条と由佳は、月宮の心配をしていた。それはなんというか、本気で心配しているといった感じだ。それ程までに、月宮は勉強嫌いなのだろうか。
「まあでも、由佳が他の人と勉強するなら、今回は勉強会もなしということでいいかしらね……」
「え? 別に私のことは気にしなくてもいいよ?」
「マンツーマンの方が涼音と千夜にはいいでしょう? 別に私は一人でも問題はない訳だし」
「それは……そうなのかな?」
由佳から聞いたが、基本的に勉強会は水原が教師役をやっており、そのサポートを四条が担当していたそうだ。つまり彼女は、どちらかというと頭がいい方ということなのだろう。
ただマンツーマンの方がいいかは微妙なような気もする。教師役なら多い方がいいのではないだろうか。
「……うん?」
そこで俺は、自分の前の席で少しそわそわしている竜太の存在に気付いた。
それがどういう焦りなのかは、なんとなく察することができる。なぜなら俺にもある程度覚えがあったからだ。
「誰かと勉強するというのは結構いいことのように思えるがな……」
「……何?」
「あ、いや、口に出ていたか」
俺が意図的に呟いた言葉に、四条は怪訝そうな視線を向けてきた。
その視線は、まるで昔のようだ。久し振りのその鋭い視線が、なんだか少し懐かしい。
「由佳に教えていてわかったことだが、誰かに教えるというのは案外勉強になるものだと思ってな。それに一人より二人の方がやる気も出るものだ」
「まあ、それはそうでしょうね……つまりあんたは、私も誰かと勉強した方がいいって言いたいの?」
「もちろん個人の自由だとは思うが……」
「……参考にさせてもらうわ」
今わかったことだが、四条は基本的に由佳に関することだとテンションが高くなるようだ。俺個人と話している時は、前と変わっていない。今までテンションが高かったのは、俺が由佳の彼氏だったからということなのだろう。
それはつまり、由佳への友情の裏返しともいえる。そこまで彼女で一喜一憂してくれる友達がいてくれるというのは、彼氏としては結構嬉しいことだ。
「……」
そこで俺は、竜太の方に視線を向けた。すると、苦笑いしているその顔が目に入ってくる。
それは俺の意図を察しているからこその顔なのだろうか。しかしそうだとしたら、理解したなりの行動を示してもらいたい所だ。
だが竜太は、一向に四条を誘う気配がない。それは勇気が出ないからなのだろうか。はたまた何か事情などがあるということなのだろうか。
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