第99話 怒っていないしむしろ感謝しているくらいだ。

「申し訳ありませんでした」


 昼休み、教室にやって来た磯部は俺と由佳に頭を下げてきた。

 その隣では、新見も一緒に頭を下げている。なんというか、律儀な奴らだ。


「この度は俺の軽率な発言によって、二人に多大な迷惑をかけてしまって本当に申し訳ない」

「竜太に伝えた通り、別に俺は怒っていないから頭を上げてくれ。というか、あの言葉があったから決心がついたという面もあるし、むしろ感謝したいくらいだ」

「でも、俺が明らかに空気が読めていなかったのは事実である訳だし……」

「そんなに気に病まないでくれ」


 竜太に諸々の連絡をした際、磯部からかなり落ち込んでいるという話は聞いていた。あの後新見によって事情を説明された結果、とんでもないことをしてしまったと思ったらしい。

 しかしながら、俺は磯部の言葉があったからこそ一歩を踏み出せたので、彼を責めるつもりは毛頭なかった。

 その旨も竜太を通じて伝えてもらったはずだったので、こうして謝罪に来られて正直少し困っている。


「藤崎、これはまあけじめのようなものだ。今回は結果的にいい方向に進んだからよかったが、こいつの発言は時々火種になる。ちゃんと反省させないといけないことなんだ」

「そ、そんなに重大な事柄だろうか?」

「重大な事柄だ。今まで俺が何度こいつに困らされたことか……」


 俺の質問に、新見は頭を抱えていた。

 聞いた話によると、この二人はかなり付き合いが長いらしい。月宮と水原のように、小学校からずっと一緒であるそうだ。

 そんな関係の新見がこう言っているのだから、これはきっと磯部にとっては必要なことであるのだろう。


「まあ、それなら今回の件はこれで手打ちということにしよう」

「ありがとう、藤崎」

「由佳もそれでいいよな?」

「うん。もちろんそれでいいよ」

「ありがとう、由佳」


 俺と由佳の言葉に、磯部と新見はやっと顔を上げた。

 それに俺は安心する。このままずっと頭を下げられていたら、どうしようかと思っていた。周囲の視線も結構痛いし。


「それで改めておめでとう、二人とも。いやぁ、由佳の長年の想いが叶ったというのはなんだか感動的だなぁ」

「……早速不安な言動をしてくれるな」

「いやいや、これは普通に祝うべきことだろう」

「……まあ、それはそうだな。おめでとう、二人とも」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう、二人とも」


 磯部と新見に祝いの言葉をかけられたが、正直どう反応していいかわからない。

 俺はこの二人のことをそれ程よく知っている訳ではないので、接し方がいまいちまだわからないのである。この感覚は久し振りだ。

 とはいえ由佳と仲が良い二人である訳だし、話し慣れておく必要はあるだろう。これから関わることも多くなるだろうし。


「二人は一体由佳から俺のことをどう聞かされていたんだ?」

「え? それはもうウルトラスーパーイケメン男子みたいな感じだったかな?」

「いや、そこまでは言ってないだろう。精々、すごくかっこいい男の子くらいだ」

「ふ、二人ともやめてよ……」


 基本的に、磯部を諫める新見というのがこの二人の正しい関係性であるのだろう。

 ただ新見が諫められているかは微妙である。結局由佳にとって恥ずかしいようなことを言ってしまっている訳だし。

 しかし俺にとって、由佳からそのように言われていたというのは嬉しい限りだ。いささか過大評価のような気もするが、それはこの際気にしないことにする。


「まあ、とにかく由佳は将来ろーくんなる男子のお嫁さんになりたいなりたいって言っていたなぁ……いや、俺もそんなすごくかっこいい奴がいたらお嫁さんになりたいって思うくらいに、由佳は藤崎のことを褒めていたよ」

「お嫁さんって……お前、正気か?」

「いやだって由佳が語るろーくんって、すごかっただろ?」

「すごかったが、そうはならないだろう……」


 磯部の発言に、新見は頭を抱えていた。

 しかし今のは流石に冗談だろう。いや付き合いの長い新見はこんな反応であるなら、冗談ではないのだろうか。

 由佳が俺を誇張して皆に伝えていたのは充分想像できるし、もしかしたら俺は男でも惚れるくらいの男になっていたのかもしれない。本物はその高いハードルを遥かに下回っているのだが。


「由佳、褒めてくれるのは嬉しいが、あまり誇張しないでくれないか? 本物と会った時にがっかりさせてしまうだろう」

「え? 誇張なんてしてないよ?」

「え? いや、しかし……」


 由佳の言葉に、俺は彼女と二人を交互に見た。

 すると新見が、苦笑いを浮かべる。それはつまり、新見は由佳の説明は誇張だと思っているということだろう。

 だが、当の本人は至って真剣な顔をしている。つまり由佳としては、本当に誇張なく俺のことを伝えたと思っているということだ。


「まあ、恋は盲目というし、由佳にとって藤崎はそういう感じだったんだろう」

「……なるほど」

「でもさ、俺の失言の後、ちゃんと告白したんだろ? それってなんだかかっこいいじゃんか。意外と由佳の言ってる通りだったりして」

「褒めてもらえるのは嬉しいが、それは買い被りというものだ」


 磯部の言葉に、俺はゆっくりと首を振る。多分俺は、本当に由佳が言っているような優れた人間という訳ではない。

 しかし由佳がそう思ってくれているという事実は、俺にとっては嬉しいことではある。盲目になるくらいに、俺を愛してくれていると思うからだ。

 ただその期待を裏切らないようにしなければならないだろう。あまり考えたくはないが、それで失望されて由佳の気持ちが離れていく可能性だってあるかもしれないのだから。

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