第100話 俺は無事に幼馴染のお隣さんになった。

 ゴールデンウィークの前半を俺はほとんど由佳の家で過ごしていた。

 そんな中、藤崎家で着々と進められていた引っ越しの準備のことを俺はまったく知らなかったため、帰って来てから少々焦ることになった。

 とはいえ、引っ越しには既に慣れているため、特に問題あったという訳ではない。俺はすぐに荷造りをして今日に備えていたのだ。


「でも引っ越しの話が出てから早かったよね? 引っ越しまでが……」

「それについては、俺も驚いている。なんでも辻村さんに話が行って、辻村さんが俺のことを覚えていてトントン拍子で話が進んだみたいだが……まあ細かいことは俺達にとってはどうでもいいことじゃないか?」

「まあ、そうだよね。私は、ろーくんとこんなに早くお隣さんになれてすごく嬉しいし、何も問題ないよね」


 辻村さんの家に着いてから、俺達一家はすぐに由佳の家に挨拶をしに行った。

 積もりに積もった話があった後、由佳は俺の荷解きを手伝ってくれている。俺達は晴れて、すぐ近くで暮らすようになったのだ。

 というかよく考えてみれば、俺は由佳を自室に招いているということになる。まだ自分の部屋という自覚はあまりないのだが、そう思うと少々緊張してしまう。


「……ねえ、ろーくん。見ちゃいけないものとかある?」

「……質問の意図がわからないんだが」

「ここにあるのは、ろーくんの私物でしょ? 私に見られたくないものとかあるのかなって……」


 わからないと言ったが、由佳が何を言っているかはわかっていた。要するに彼女は、いかがわしいものがないかと聞いているのだろう。

 それはなんというか、答えにくい質問である。しかし、嘘をついても仕方ない訳だし、ここははっきりと言うしかないだろう。


「そういうものはない」

「本当に?」

「ああ、由佳に見られて困るようなものはここにはないさ」


 俺は由佳の言葉をはっきりと否定した。これは本当である。ここに彼女に見られて困るようなものはない。

 ただそういったものを持っていなかった訳ではない。実の所、出来心でそういったものを購入したことはある。

 しかしそれらは、既に手元にない。必要性がそんなに感じられなくなったため、引っ越す前に処分したのだ。


「そっか、それなら安心して開けられるね」

「ああ、といっても大したものはないんだがな……」

「そうなの?」

「見てみればわかるが、一番多いのは本だな。漫画とかラノベとかそういうのだ」

「あ、ろーくんはそういうのに結構詳しいんだよね?」

「……まあ」


 由佳の言葉に、俺は小声で答えた。

 俺は所謂オタクである訳だが、それを認めるのはなんだか少し気が引けたのだ。

 もちろん、由佳がそういうことを気にしないことは知っている。しかしそれでも上手く声が出せなかった。恐らく水原もこんな感じになってしまうから、皆にオタクだと打ち明けられなかったのだろう。


「ラノベとかは、私も美姫ちゃんに教えてもらって読んだりするけど、ろーくんはどういうのを読んでるの?」

「由佳は確か、恋愛ものとかを読んでいるんだったよな……まあ、俺ももしかしたら同じやつを読んでいるかもしれないな。ただ、俺はバトルものみたいな奴の方が多いと思う」

「バトルもの……確かに私はそういうのは読まないかな」


 由佳は目の前の段ボールの中に入っている本を一つ手に取った。

 それは丁度、バトルもののライトノベルだ。女の子が表紙に描かれたそれは、結構長く続いている作品である。


「……あ、このタイトルは涼音が言ってたやつかも」

「ああ、そういえば水原は読んでいると言っていたな」

「二人が読んでるなら、私も読んでみようかな? 今度借りてもいい?」

「それはもちろん構わないが……」


 由佳に本を貸すのはまったく問題はない。ただその作品を彼女が楽しめるかどうかは、微妙な所である。

 なんというか、その作品は過激なお色気描写も多い。由佳はそういうのは平気なのだろうか。水原なんかは、そこの良さを力説していたが。


「あのね、涼音からちょっとエッチな作品だってことは聞いているから大丈夫だよ?」

「そ、そうか……」


 由佳が頬を赤らめながら言ってきた内容に、俺も思わず照れていた。

 彼女の口からそういうことを言われると、なんだか心が揺さぶられる。というか、照れた由佳は滅茶苦茶可愛い。いや普段から滅茶苦茶可愛い訳ではあるが。


「まあ、そういうことなら読んでみてくれ。何なら、今日持って帰るか?」

「あ、どうしようかな……」

「……いや、待った。よく考えたら、それは駄目だな」

「え?」


 そこで俺は、とても大切なことを思い出した。

 これから俺達は、ライトノベルを読んでいる場合ではなくなる。それは彼女にも、認識してもらわなければならないことであるだろう。


「由佳、覚えているか? 再来週は中間テストだ」

「……なんのこと?」


 俺の言葉に、由佳は可愛く首を傾げながら目をそらした。それはつまり、わかっているが聞きたくないということなのだろう。

 しかし聞かせない訳にはいかない。これは大事なことだ。そして避けて通れないことでもある。俺達は再来週の中間テストに備えなければならないのだ。

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