after 二人の日常
第98話 クラスメイトどころ担任にまで知られてしまった。
温かい目を向けられている。教室までやって来た俺は、その視線に頭を抱えていた。
その視線の理由はわかっている。皆、俺と由佳が付き合ったということを察しているのだろう。
それは簡単にわかることだったはずだ。なぜなら俺と由佳は、腕を組んで教室までやって来たのだから。
「ろーくん、どうかしたの?」
「周囲からの視線がなんというか……」
「ああ……まあ、それは仕方ないことだと思う。皆やっぱり色恋沙汰とか好きだからね」
「ふむ……」
黒い髪になった由佳の笑顔を見ていると、周囲からの視線がどうでもよくなるから不思議なものだ。
しかし、やはりそれでも少々腑に落ちない点はある。俺と由佳が付き合っているという事実をここまで周囲に知らせる必要があったのだろうか。
「なあ、由佳。やっぱり学校の近くで一旦離れた方が良かったんじゃないか?」
「え? どうして?」
「その……一目で付き合っているとわかってしまうだろう? 登校する時から視線が集中していたし、なんというか噂が広まるのが避けられたんじゃないか?」
「それは……」
俺の言葉に、由佳は言葉を詰まらせた。
これは、学校の近くまで来た時に一度交わしたやり取りである。俺はそこで、とりあえず腕を組んだり手を繋いだりせずに登校した方がいいと提案したのだ。
しかしそれは、由佳に断固拒否された。彼女は、絶対にこのままがいいと言ってきたのである。
しかしその結果、俺達の噂は瞬く間に広まったはずだ。周囲からの視線は集中していたし、それは間違いない。
「わかっていないわね。あんたは」
「何?」
そんな俺に対して、四条がすごく楽しそうな笑顔をしながら話しかけてきた。
今日の四条は、なんだかすごく機嫌がいいような気がする。いつものどこか不満そうな感じが、今日はまったくない。
「由佳は牽制したかったのよ」
「牽制?」
「あ、舞。ちょっと待ってよ」
「由佳、これは伝えておいた方がいいことよ。大体これからのためにも、わかってもらっておいた方がいいことでしょう?」
「で、でも……」
四条の言っている牽制の意味が、俺にはわからなかった。
由佳がこのような反応をするということは、それは彼女にとっては知られたくないことということなのだろう。
その反応から、会話の意味はわかってきた。ただ本当にそうなのか確信が持てない。俺の予想は少々自意識過剰な部分があるからだ。
「まあ要するに、由佳はあんたが自分のものだということを示しておきたかったのよ」
「もう、舞……」
「……それはつまり、他の女子への牽制ということなのか?」
「そういうことになるわね」
「いや……そんなことは必要あるのだろうか」
四条の言っていることは、理解することはできる。だが、俺に関してそんな必要があるとは思えなかった。
由佳以外の女子が、俺に好意を抱いているはずはない。多分、存在すら認識していない人がほとんどだろう。
去年同じクラスだった人が辛うじて覚えているかもしれない存在。それが俺だ。故に、由佳が心配しているようなことはあり得ない。
「可能性がないとは限らないでしょう? それに由佳は自分があんたのものだということも示しておきたかったのでしょうし」
「……なるほど。それは確かに必要なことではあるか」
「わかってきたみたいね?」
四条の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
俺の知名度は低いが、由佳はこの学校でも有名人である。好意を寄せている男子も多いと聞く。
そんな者達の心を折るために、俺が彼氏であるということは示しておいた方がいいことだっただろう。例え多少目立っても、お釣りがくるくらいのメリットがある。
「ろーくん、ごめんね」
「謝る必要はないさ。むしろ嬉しく思う」
「でもなんていうか、少し嫌な感じかなって……」
「嫌な訳がないだろう? 由佳が独占欲を出してくれるのは望む所さ」
恐らく由佳は、そうやって牽制するのがあまり良くないことだと思ったのだろう。
しかし、別に俺はそれを嫌なことだとは思わない。むしろ由佳の俺への想いが改めてわかって、嬉しかったくらいだ。
「九郎? ここが学校だということをわかっているか?」
「……何?」
竜太の言葉で、俺は周囲の状況を思い出した。
ここは教室の中である。そこで俺は今何を言ったのだろうか。それを認識して、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
今の会話をどれくらいの人に聞かれていたのだろうか。それが心配だ。いや、これでいいのだろうか。俺が由佳の彼氏であることは見せつけなければならない訳ではあるし。
「……あれ? 瀬川さんの髪が黒くなってる?」
そこで教室の中に、担任の先生が入ってきた。
先生は、由佳の髪の毛の色に目を丸めている。よく考えてみると、注目されていたのはそれも要因の一つだったのかもしれない。
その後先生は、由佳と俺を交互に見てきた。そして納得したかのように、ゆっくりと手を叩く。
「なるほどね」
先生は明らかに俺に向かってウィンクをしてきた。そして教壇の前に立ち、いつも通りにホームルームを始める。
結局俺と由佳の関係は、生徒所か担任の教師にまで知られてしまったらしい。
本当にこれで良かったのだろうか。そう思わなくもないが、由佳が笑っている訳だし、細かいことは気にしないでおこう。
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