第95話 人は眠気には勝てないものだ。

「む……」


 アニメ映画の二作品目の終わり頃、俺は自分にもたれかかっている由佳が今までよりも少し重くなったのを感じた。

 先程からうとうととしていたが、限界がきたようだ。恐らく、眠気に勝てなかったのだろう。


「ふむ……」


 アニメ映画は二本ともとても面白かった。由佳は四条達と映画館に両方とも見に行ったらしいが、確かにこれは見に行く価値があった映画のように思える。

 そういえば俺は、映画館にしばらく行っていない。小さな頃に、由佳と一緒に毎年やっているアニメの映画を見に行ったのが最後だっただろうか。

 もしも面白い映画が上映されているなら、由佳と一緒に見に行くのもいいかもしれない。ヒットした映画を二作品鑑賞した結果、俺はそのようなことを思っていた。


「さてと……」


 そんなことを思っている内に、映画は本編が終わってスタッフロールが流れ始めていた。エンディング曲もいい曲ではあるのだが、俺はそこで再生を止める。

 流石にこの状態で眠ることなんてことはできない。無理な体勢で寝るとろくなことにならないことは、既にわかっている。

 同じ間違いを犯さないためにも、ここは少々心苦しいが由佳に起きてもらうとしよう。


「由佳? 起きてくれないか?」

「うんゅ……あれ? 私、寝てた?」

「ああ、眠っていたみたいだ」


 俺が声をかけると、由佳はすぐに反応を返してくれた。深い眠りには、入っていなかったのだろう。


「ううっ、ろーくんともっと遊ぼうって思っていたのに……」

「仕方ないさ。眠気には勝てない……由佳は、夜に弱いのか?」

「そんなことはないと思うけど……舞達とはもっと夜更かししてるし」


 俺の質問に、由佳は首を傾げた。

 ただ、昨日も今日も彼女は眠気に負けている。それらの事実から考えると、やはり夜には弱いのではないだろうか。


「……ろーくんと一緒だからかな?」

「俺と一緒だから?」

「うん。ろーくんと一緒だと安心して、なんだか心が温かくて、だから眠たくなっちゃうのかも……」

「なるほど、それはなんとなくわかる気がするな……」


 由佳の説明に、俺は納得していた。俺も彼女といると安心して、穏やかな気持ちでいられるからだ。

 そういえば、昨日は安眠することができた。それはまず間違いなく由佳の存在があったからだろう。


「まあ、眠気にはどう足掻いても勝てないものだ。そろそろ寝るとしよう」

「うん、そうだね……それじゃあろーくん、ベッドに行こう?」

「んんっ……」


 由佳の発言に、俺は言葉を詰まらせることになった。

 それは今から、ベッドで眠ろうという意味なのだろうが、なんだか別の想像をしてしまう。


「……ろーくん、同じベッドは嫌?」

「嫌な訳ないだろう。まあもう彼氏になった訳だし、躊躇う理由もないしな……」

「私はもうろーくんのものだから、何も遠慮しなくていいんだよ?」

「あ、ああ……」


 相変わらず、由佳の発言は大胆だった。多分他意はないのだろうが、色々と揺さぶられてしまう。


「よいしょっと……ろーくん、どうぞ」

「ああ、失礼する」


 俺が動揺している内に、由佳はベッドの上に寝転がっていた。

 そして彼女は、手を広げて俺を待ってくれている。その光景は、なんとも幸せなものだ。

 飛び込みたい衝動を抑えながら、俺はゆっくりとベッドに上がって寝転がる。すると由佳は、笑顔を見せてくれた。


「やっぱり一人用のベッドだから少し狭いね?」

「まあ、それは仕方ないことだろう」

「うん、だからもっと近づかないとね?」

「あ、ああ……」


 由佳は俺との距離をゆっくりと詰めてきた。目と鼻の先に彼女がいる。その事実を認識して、俺は自然と由佳の体に手を回していた。

 そしてそのまま、俺達はゆっくりと唇を重ね合わせる。またどちらともなく、お互いを求めていたのだ。


「んっ……えへへ、おやすみのキスだね?」

「おやすみのキス……まあ、そうなるのか?」

「明日の朝は、おはようのキスをしてくれる?」

「それはもちろん構わないが……」


 由佳は、とても楽しそうにそんなことを言ってきた。

 おやすみのキスに、おはようのキス。それはなんというか、少し恥ずかしいような言葉である。だが同時に、とても幸せな言葉に思えた。

 一日の終わりと始まりに、由佳と想いを重ねられる。それは本当に素晴らしいことだ。明日の朝がとても楽しみになる。


「何かあるの?」

「……いや、先程のキスにそういう意図はなかったからな。だから改めてキスをしてもいいだろうか? 今度こそおやすみのキスを」

「あ、そうだね……それなら、おやすみ、ろーくん」

「ああ、おやすみ、由佳」


 就寝の挨拶を交わしてから、俺達はもう一度だけキスをした。

 そしてそのまま俺達は、眠りにつく。お互いの温もりを感じながら。

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