第94話 幼馴染と見る映画はよく考えて選ぶべきである。

「えっとね……これとかどうかな?」

「ああ、いいんじゃないか?」

「よし、それじゃあ再生するね」


 お風呂から上がってから、由佳は俺に映画を見ようと提案してきた。

 今日の夜はめいっぱい遊びたい。それが由佳の望みだった。その最初の遊びが、映画を見るということなのだろう。

 由佳が選んだのは、ホラー映画だった。それなりに有名な洋画であるらしいが、俺は見たことがない。どれくらい怖いのだろうか。


「由佳は、この映画を見たことがあるか?」

「ううん。ないよ。でも有名で評価も高いし、多分面白いんじゃないかな?」

「ふむ……」


 どうやら由佳もこの映画を見たことはないようだ。ということは、その内容は未知数ということになる。色々と本当に大丈夫なのだろうか。少し不安になってくる。

 そんなことを考えている内に、映画は始まった。そして映った内容に、俺も由佳も固まってしまう。なぜなら映画が、バリバリの濡れ場から始まったからだ。


「……」

「……」


 画面の中で乱れ合う二人は、程なくして何者かに襲われて叫びをあげた。

 そのため濡れ場は終わって場面は移ったのだが、だからといってすぐに切り替えられる訳でもない。この状況でそんな場面を見せられたら、色々と考えてしまう。

 正直映画の内容は頭に入ってこない。主人公らしき女性が色々と言っているが、最早それ所ではなかった。


「えっと……ろーくん、やっぱりこっちにしない?」

「……そうだな。そうしよう」


 そこで由佳は再生を止めて、違う映画を選んだ。

 その映画はアニメ映画である。ヒットした映画ではあるが、俺はそれも見たことはない。

 ただ洋画のような濡れ場はその映画にはないだろう。そう思って、俺は由佳の言葉に頷いた。


「これ、面白いんだよ? やっている時に舞達と見に行ったんだ」

「ああ、そうなのか」


 どうやら由佳はこの映画は見たことがあるらしい。

 それなら安心できる。彼女もこの状況で変な映画を選んだりしないだろうし、先程のような少し気まずい空気にはならないだろう。


「確か、主人公が女の子と出会ってどうにかなるとかいう話だったかな?」

「うん。そんな感じの話だよ? でもそれ以上は言えないかな。ネタバレになっちゃうし」

「ああ、そうだな」


 予告編を見たことがあるため、大まかな内容は知っている。しかしながら詳しいことはわからない。

 しかしそれを由佳に聞くのは野暮というものだ。これから見るのだから、それによって知っていけばいい。


「……」

「……む」


 少し集中して映画を見ていると、由佳がゆっくりと手を繋いできた。彼女は、俺の手を揉んだりしてくる。そのため俺もとりあえず揉み返してみる。


「えへへ……」


 すると由佳は、満足そうに笑みを浮かべてくれた。

 それが嬉しくて、俺も笑ってしまう。彼女の笑顔を見るのは、本当に楽しい。俺にとって一番の幸せだ。


「ろーくん、もたれかかってもいい?」

「む? ああ、それは別に構わないが……」

「それなら失礼するね」


 そこで由佳は、俺の膝の間に座りそのまま体を預けてきた。

 俺はそんな彼女の体をしっかりと受け止める。しかしながら、やはり彼女の体に手を回すことはできない。お風呂とは違いパジャマだが、それでも躊躇ってしまう。


「ろーくん、ぎゅってして?」

「あ、ああ……」


 振り向いた由佳の縋るような表情に、俺は頷くことしかできなかった。

 という訳で、俺は彼女の体に手を回す。由佳のお腹に手を触れる。それはすごく幸せだが、やはり少し気が引けてしまう。


「こうやって抱きしめてもらうのは初めてだね?」

「そうだな……正面からしか抱きしめていなかった」

「やっぱりこっちも幸せだな……ろーくんに包まれてる」

「それなら何よりだ」


 正面から抱き合っている時と違って、俺はあまり強く由佳を抱きしめられなかった。力を入れると、その柔らかいお腹が壊れてしまいそうだったからだ。

 なんというか、少しぎこちなくなっている感は否めない。しかしそれは仕方ないことである。由佳もわかってくれているだろう。


「ろーくん……」

「む……」


 そんなことを思っている俺の手に、由佳は自分の手を重ねてきた。そのまま彼女は、俺の手を撫でてくる。

 この状況では、俺は由佳に何もできない。という訳で俺は彼女からの戯れを受け入れながら、画面に意識を移してみる。


「……ふむ」

「ろーくん?」

「ああ、いや、すまない。なんというか、すごいシーンだと思ってな」

「ああ、そうだね。この辺りも結構いいよね? 音楽もいいし」


 画面は音楽をバックに目まぐるしく転換しており、映画が一つの盛り上がりを見せていることが伺えた。

 由佳の方に意識を集中させていたが、映画もなんとか追えてはいる。まあまだ序盤ではあるため、これから集中していけばいいだろう。


「あ、ろーくん、お菓子食べる?」

「ああ、せっかくだからいただこうか」

「はい、あーん」

「あ、あーん……」


 並んでいるお菓子の中から、由佳は一つを取って俺に食べさせてくれた。

 そんな風に時々戯れながら、俺達は映画を楽しむのだった。

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