第93話 俺はどちらかというと顔を見れる体勢の方が好きかもしれない。

「ろーくん、名残惜しいけど、そろそろお風呂にしない?」

「む、まあ、そうだな……」


 由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。

 正直このままずっとくっついていたいような気分ではあったが、今日の目的は一緒にお風呂に入ることだ。それを果たさなければならない。

 俺はなんとか意識を切り替える。今日はこのままお風呂に入って、由佳と深い意味はなく楽しい夜を過ごす。それでいいのだ。


「ろーくんはもう体は洗ったの?」

「ああ、由佳が来るまでの間に洗わせてもらった」

「背中は?」

「まあ、自分で洗える範囲は洗ったが……頼めるだろうか?」

「うん!」


 俺の言葉に、由佳は笑顔を見せてくれた。昨日言っていたからなんとなくわかったが、俺の背中を流したかったということなのだろう。

 という訳で、俺は由佳に背を向ける。それによって彼女の顔が見られなくなるのは少し悲しいが、同時に少し落ち着けた。背中に彼女の存在は感じられるが、それでも昂りが少しだけ収まってくれる。


「かゆい所はない?」

「ああ、特にはないな……」


 由佳がゆっくりと背中を洗ってくれる感触は、とても心地良かった。

 やはり、普段自由に触れられない場所を触られるというのはいいものだ。


「流すね?」

「ああ」


 程なくして、由佳が俺の背中にお湯をかけてきた。これでとりあえず、俺は湯船に入る準備はできたといえるだろう。


「由佳も、体を洗う必要はあるのか?」

「あ、それはね。実は大丈夫なんだ。シャワー浴びたから」

「何? いつシャワーを?」

「晩ご飯の準備をしてる時にね、この後ろーくんとお風呂に入りたいなって思ったから、事前に体とかは洗っておいたんだ」

「ああ、そうだったのか……」


 由佳の言葉に、俺は一瞬驚いた。彼女がまさかシャワーを浴びているなんて、まったく思っていなかったからだ。

 だが、由佳のお父さんとゲームなどをしている間、俺は彼女の行動を把握していない。その内にシャワーを浴びていても特におかしくはないだろう。


「それなら、湯船に入るとしようか」

「うん。そうしよう?」


 由佳の背中を流すと提案するべきかと思ったが、ビキニを着ているためそれはやめておいた。色々と問題がありそうだったからだ。

 という訳で、俺は湯船に浸かろうと思った。ただ問題は、どのようにしてお風呂に入るかということだ。


「ろーくん、足を延ばして入ってくれる?」

「あ、ああ……」


 由佳の指示に従って、俺は足を延ばして湯船に入った。

 広く湯船を使っているため、由佳がここに入る体勢は限られる。だがどのような体勢でも、俺と密着するのは確実だ。


「それじゃあ、失礼するね?」

「ああ……」

「ろーくんにもたれかかってもいい?」

「それは……もちろんいいとも」


 由佳は、俺の股の間に後頭部を向けて入ってきた。そして彼女はそのまま、俺に体を預けてくる。予想通り体が密着したため、俺は思わず固まってしまう。


「うーん……気持ちいいね?」

「あ、ああ……」

「ろーくん、固まってるね? もっと楽にしていいんだよ?」

「楽にしてもいいと言われても……」


 首を傾けながら笑顔を見せてくれた由佳に対して、俺は固い笑顔を返すことしかできなかった。

 この状況で楽にするのは少々難しい。少しでも動いたら、色々と大変なことになってしまいそうだ。

 腰に巻いているタオルが、非常に心もとないような気がしてきた。せめて俺も水着だったら良かったのだが。


「それなら、こっちの方がいい?」

「む……」


 そこで由佳は、ゆっくりと体を翻してきた。

 そしてそのまま、後ろを向いていた時のように俺に体を預けてくる。

 当然のことながら、その体勢になると彼女の大きなものが俺の体に密着する。湯船に浸かる前と大体同じ状況だ。


「ろーくんに包まれるのもいいけど、ろーくんの顔がよく見えるのはやっぱりいいね?」

「……包めてはいなかったような気がするが」

「うん。ぎゅっとしてくれるのがベストだったかな?」

「そうか。それなら……」


 俺はゆっくりと由佳の背中に手を回した。

 すると彼女は、嬉しそうな顔をしてくれる。それが見えるというのは、確かに重要だ。俺はどちらかというと顔を見れる体勢の方が好きかもしれない。


「ろーくんは、後ろから抱きしめるのは嫌なの?」

「嫌という訳ではないさ。ただ、どこに手を回していいかがわからなかった」

「どこでもいいんだよ? ちょっと恥ずかしいけど、お腹とかでもいいし……」

「それはなんというか、少し気が引けてしまった」

「なんだかろーくんらしいね」


 そんな会話をしながら、俺達はどちらともなくゆっくりと顔を近づけた。

 そしてそのまま唇を重ねる。向き合うと自然とこうなってしまう。彼女の唇には、俺を吸い寄せる魔力があるのだ。

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