第90話 彼女の両親への報告はとても緊張する。
「それで俺は、由佳……さんとお付き合いさせてもらっています」
夕方、俺は由佳の両親に挨拶をしていた。色々と考えたが、今後のためにも二人には話を通しておくべきだと思ったのである。
なんとか話せたとは思うが、正直頭の中はいっぱいいっぱいだ。彼女の両親に挨拶をするというのは、やはりかなり緊張することであるらしい。
「ああ、やっぱりそうだったのね……」
「うん。雰囲気的に、まあそうなんだろうとは思っていたけど」
由佳の両親は、俺に対してそのように言ってきた。
二人の表情は、とても穏やかである。少なくとも怒ってはいないようだ。
そのことに、俺は少しだけ安心する。娘はやらんみたいな感じだったら、どうしようかと思っていた。
「まあ、こういうことはあなたから言った方がいいわよね?」
「え? あ、ああ、そうだね……ろーくん、娘のことをどうかよろしく頼むよ」
「は、はい」
由佳のお父さんの言葉に、俺は大きく頷いた。
とりあえず認めてもらえている。それがわかったことで、俺はやっと肩の荷を下ろすことができた。
とはいえ、それで気を抜くようでは駄目だろう。粗相がないように、俺はしっかりと姿勢を整えておく。
「ああ、いや、そんなに固まらなくてもいいからね?」
「え?」
「前と同じようにリラックスしてくれて大丈夫。僕達にとって、ろーくんはろーくんだからね」
「え、えっと……」
由佳のお父さんの指摘に、俺は困惑していた。
その言葉に従うべきだということはわかる。こういう時に固い態度を続けるのはむしろ失礼だ。
ただ、前と同じような態度が思い出せない。俺は由佳の両親の前で、どのような態度をしていたのだろうか。
「いや、それにしてもおめでとう、由佳」
「ふふ、由佳の長年の夢が叶ったわね?」
「あ、うん。ありがとう」
俺がなんとか肩の力を抜いていると、三人がそのようなやり取りを交わしていた。
由佳の長年の夢、それは俺にとって少々気になる所だ。彼女は一体、何を望んでいたのだろうか。
「あ、あのね。ろーくん、私の夢っていうのは……ろーくんのお嫁さんになることだったんだ」
「俺のお嫁さん……?」
「うん。あの時の約束を叶えることって言ってもいいかな? またろーくんと会って結婚する。それが私の夢だったの」
「……そうか」
由佳の言葉に、俺はなんともいえない気持ちになった。
彼女が俺のことをずっと想ってくれていたことは嬉しい。だが、色々と待たせてしまったことは申し訳ない。様々な感情が、俺の中で渦巻いている。
「必ず幸せにするよ」
「それは心配してないよ? ろーくんなら私を絶対に幸せにしてくれるって、わかってるもん」
「その期待を裏切らないようにしないとな……」
「これは期待とかじゃなくて確信だよ?」
「確信か……うん?」
由佳とそのような会話を交わしてから、俺は現在の状況を思い出した。
ゆっくりと正面を向くと、由佳の両親がニコニコしてこちらを見ているのがわかった。二人の前で、俺は今何を言ったのだろうか。一瞬訳がわからなくなる。
「やっぱり、ろーくんはろーくんだねぇ」
「ああ、昔からずっと変わっていない」
「うん。ろーくんはずっとろーくんだよ。今も昔も、私のヒーローだもん」
両親のとても温かい口調で発せられた言葉に、由佳は力強い言葉を返す。
なんというか、とても恥ずかしい。この状況であんなことを言うなんて、俺はどうしてしまったのだろうか。
いや、由佳のことしか見えていなかったことはわかっている。だが誰かがいる時にはこれではいけない。もっと人の目は意識するべきだった。
「あ、お母さん、もうそろそろ晩ご飯の準備しないと駄目だよね?」
「ああ、そうね」
「ろーくん、お部屋で待っていてくれる?」
「あ、ああ……」
由佳の言葉に頷きながら、俺は彼女のお父さんの方を見ていた。
これから由佳と彼女のお母さんは、夕食の準備に取り掛かる。ということは、由佳のお父さんは一人だ。そんな状況で、由佳の部屋に帰る。それでいいのだろうか。
「あの……もしよかったら、少し話しませんか?」
「うん? 僕とかい?」
「はい。色々と話をさせていただければと思って……」
「それは……いいね。僕もろーくんとは、少し話したかった」
とりあえず誘ってみた所、由佳のお父さんは乗ってくれた。
彼女の両親からの信頼は、しっかりと得ておくべきだろう。そのために話をするのは重要だ。話をすればする程、俺のことがわかってもらえるのだから。
もちろん、俺のことをわかってもらえた結果反対されるという可能性もある。だがそれを恐れて何もしないなんて駄目だ。ここは勇気を出すべき時である。
「……」
「……由佳? なんというか、視線が痛いよ?」
「……え?」
そこで由佳のお父さんは、由佳に対してそのような指摘をした。
確かに、先程から彼女はお父さんの方を見ていた。もしかして、俺との関係を反対されないか心配しているのだろうか。
「別にろーくんを取ったりしないから安心しなさい」
「……うん」
お父さんの言葉に、由佳はゆっくりと頷いた。
もしかして、由佳はお父さんに嫉妬していたのだろうか。それはなんというか、少し嬉しい。もっとも由佳のお父さんの心境を考えてしまったため、素直に喜ぶことはできないのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます