第89話 彼女の家に泊まるためには念のため必要なものがある。
「今日もろーくんと一緒にいられるなんて、すごく嬉しいな」
「それはもちろん俺だって嬉しい。由佳とはできる限り一緒にいたいからな」
「えへへ……」
告白が終わってから、俺は由佳の家に帰ってきていた。今日も泊まって欲しいと由佳が言ってきて断る理由もなかったので、俺はそれを受け入れたのである。
由佳の家に泊まって彼女と一夜を過ごせることは、とても嬉しいし楽しみだ。だが俺は少しだけ懸念を抱いていた。
俺達の関係性は、昨日までとは違う。恋人になったことは、泊まる上で重要な点であると思うのだ。
「今日はいっぱい楽しもうね?」
「ああ、そのために色々と買ったのだしな」
「うん。本当にありがとね、ろーくん。全部払ってもらっちゃって」
「いや、それは気にしなくていい」
泊まるにあたって、俺達はコンビニ立ち寄った。今日の夜に備えて、お菓子などを買ったのだ。
その買い物は俺持ちだった。そうしたのは単純に矜持という面もあるが、実の所とある事情があったからだ。
だから俺は自分が払うと言って、由佳に先にコンビニから出て行ってもらった。とあるものを秘密裏に購入するために。
「えへへ……」
現在由佳は、俺の腕に抱き着きながらうっとりとしている。
その様子は非常に可愛らしいのだが、心穏やかではいられない。当然のことながら、色々と昂ってしまう。
想いを伝え合ってから、由佳は以前よりも俺に大胆に体をくっつけてくるようになった。それはもちろん嬉しいことなのだが、俺としては悶々としてしまっているのが正直な所である。
「ろーくん……」
「うん? どうかしたのか?」
「あ、その……さっきからポケット気にしてるなって」
「む……」
その秘密裏に購入したものは、現在俺のポケットの中に入っている。どうやら俺は無意識の内にそれを気にしてしまっていたようだ。
しかし正直、それは仕方ないことではあるだろう。そもそもこれを買う時からそわそわしていたし、いっぱいいっぱいだったのだ。
とはいえ、ここはなんとかして誤魔化さなければならないだろう。こんなものを買ったことを由佳に悟られる訳にはいかない。
「あのね、ろーくん。実は、外に出た後にね……見えたんだ。ろーくんがどこに行ってるのか」
「……え?」
由佳の言葉に対して、俺は固まってしまった
しかし考えてみれば、コンビニの中の様子なんて外から普通に見える。外に出た由佳に俺の動向が見られていてもなんら不思議はない。
それに気付かなかった俺は、なんというか色々と間抜けだったといえるだろう。つまり由佳は、全て知っていたのだ。俺が邪な気持ちでいっぱいだったことも、わかっていたのである。
「由佳、その……すまない」
「ううん。別に謝るようなことではないよ。むしろ、ありがとうって言いたいくらい」
「む……」
俺が思わず口にした謝罪に対して、由佳は感謝の言葉を述べてきた。
それが意外だったため、俺は驚いてしまう。これは感謝されるようなことなのだろうか。それがよくわからない。
「感謝されるようなことなのだろうか?」
「少なくとも謝ることではないと思う。だって大事なことだし」
「まあ、確かに大事なことではあるか……」
「ろーくんはちゃんとしているんだね」
「あ、ああ……」
由佳は俺を褒めながら、組んでいる方の腕を強く抱きしめてきた。
彼女がこういう時に俺を強く求めるのは、いつものことである。ただこの状況でそんなことをされると、非常にまずい。彼女のその大きな二つの膨らみは、俺の心を大きく乱してくる。
「でもね、実はそれに関しては準備してあったんだよ?」
「……え?」
「ろーくんを家に招いた時から、そういうことがあるかもしれないって思ってたから……」
「そ、そうだったのか……」
「うん。というか、そう思ってなかったら一緒の部屋で寝たりしないよ?」
「それは……そうだよな」
由佳の言葉に、俺は非常に納得していた。
いくら仲の良い幼馴染だからといって、同じ部屋で寝泊まりするなんてどう考えても普通ではない。それが覚悟した上での行動であることなんて当然だ。
今思い返してみると、そういう行動はたくさんあったような気もする。そんな簡単なことを理解できなかった俺は、やはり間抜けといえるかもしれない。もっとも、それは答えがわかったからこそそう思えるだけなのかもしれないが。
「だからねろーくん、大丈夫なのは大丈夫だからね……」
「……」
由佳は、俺の手を力強く握ってきた。それは恐らく、そういったことに多少なりとも恐怖があるからなのだろう。
それを理解した瞬間、俺はとても冷静になっていた。彼女に対する邪な想いが消えた訳ではないが、そんなことよりももっと大切なことが見えてきたのだ。
「まあ、これを買ったのは念のためだ」
「……念のため?」
「ああ、由佳と同じように万が一に備えているだけに過ぎない」
由佳と接していると、時々とても穏やかな気持ちになることがある。彼女に対する親愛が深まって、大切にしたいという想いで心の中が満たされていく。
「こうして想いを伝え合ったんだ。もう焦る必要なんてない」
「……私もそういう気持ちはあるんだよ?」
「……まあ、ゆっくりと積み重ねていこう。俺達はもう恋人なのだから」
「……うん」
俺はゆっくりと、由佳に顔を近づけた。彼女は意図を理解して、それを受け入れてくれる。
幸せな感触を味わいながら、俺は思っていた。とりあえず今はこれでいいのだと。
これから俺達は、恋人としての時間を過ごしていける。だから焦らずゆっくりと積み重ねていけばいいのだ。俺達のペースで、俺達のやり方で。
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