第88話 俺は幼馴染のことが好きである。
「ここも結構変わったんだな……」
「あ、うん。遊具が撤去されたりしたんだ」
「どこもそういう感じなんだな……」
俺は、由佳の手を引き公園にあるベンチに二人で座る。
周囲を見渡してみると、公園は少し様変わりしていた。
しかしそれでも懐かしい。やはりこの場所は、俺達にとって思い出深い場所だ。
「……俺達もあんな風に遊んでいたな」
「あ、うん。そうだね……」
公園の砂場では、男の子と女の子が楽しそうに遊んでいる。まるで昔の俺達のようだ。
あの頃はお互いが傍にいるのが当たり前だった。その前提が崩れるなんて、想像もしていなかったことだ。
だけど俺達は一度別れて、そこで俺は大きく変わってしまった。由佳だって変わっていない訳ではない。あの頃とは違うのである。
「……磯部が言っていたことは、本当か?」
「……翔真君が言っていたことって?」
「俺と由佳の結婚の約束について、だ」
「……」
俺は由佳と再会してから初めて、その約束に触れた。
俺はその約束を避けてきた。多分由佳もそうだったのだろう。
それは当たり前のことである。その約束について触れることは、俺と由佳との関係を大きく変えるということだからだ。
「それは……」
そして俺はそれに触れた。触れざるを得なかったというのもある。ただ目をそらすことだってできた。先程の一瞬を忘れることだってできなかった訳ではないのだ。
だが、俺はもう目を離すつもりなんてなかった。ここが俺の正念場なのだ。
「俺は今でもあの約束のことを覚えている」
「……そうなの?」
「もちろんだ。忘れたことなんてない。だがそれを言い出すのは怖かった。それは俺と由佳の関係を決定的に変えてしまうからだ」
「ろーくん……」
俺は由佳の目を見て、はっきりとそれを打ち明けた。
彼女の気持ちは、概ねわかっているつもりだ。しかしそれでも緊張する。やはり一歩を踏み出すには勇気がいるようだ。
しかしそれでも止まってはならない。俺は最後まで突き進むのだ。
「あのねろーくん、私は……私も覚えていたよ。あの約束、忘れたことなんてない。翔真君が言っていたことは本当」
「……由佳、好きだ」
「……え?」
俺はゆっくりと自分の想いを口にした。
色々と言うべきことを考えたが、それしか言葉が見つからなかった。俺も案外いっぱいいっぱいということなのかもしれない。
俺の言葉に、由佳は目を丸めている。当然のことではあるが、突然の告白に驚いているようだ。
「俺は今でも由佳と結婚したいと思っている」
「ろーくん……」
「それが俺の素直な気持ちだ」
「ろーくん!」
「うおっ!」
由佳は、俺に抱き着いてきた。突然の行動ではあったが、俺はそれをなんとか受け止める。
「私も、ろーくんのことが好き……ううん。大好き」
「由佳……」
「約束を覚えてくれて嬉しい……私を、ろーくんのお嫁さんにして欲しい」
「……ああ、もちろんだ」
由佳の言葉を聞いて、俺はやっと安心することができた。
彼女が俺のことを変わらずに好きでいてくれている。それが嬉しくて仕方ない。
「……あのね、ろーくん。できれば、約束の証が欲しいな?」
「証? ああ……それなら失礼して」
「うん……」
由佳は、ゆっくりと目を瞑った。
色々とずれている俺ではあるが、由佳が何をして欲しいかはもちろんわかっている。だからゆっくりと彼女に顔を近づけていく。
「んっ……」
由佳と唇を重ねて、俺の頭は真っ白になった。
もうなんというか、とにかく幸せだった。できることならこのまま離れたくはないが、状況が状況なので俺はとりあえず由佳から離れる。
「……久し振りだね」
「あ、ああ……」
実の所、由佳とキスするのはこれが初めてという訳ではない。小さい頃に、何度かしたことがあるのだ。
というか、前に結婚の約束を交わした時もキスをした。とはいえ、あの頃と今ではやはり感じ方は少し違う。
「……えっと、ろーくんはプロポーズしてくれた訳だけど、私達ってまだ結婚することはできないよね?」
「あ、ああ、確かにそうだな……」
勢いで結婚したいと言ったが、俺も由佳も今年で十七歳である。つまり、まだ結婚することはできない。後一年待たなければ、法律上無理だ。
というかそもそも、結婚できる年齢だからといって結婚してもいいという風にはならない。俺達はまだ学生である。一般的に考えて、お互いに社会に出るくらいまでは待った方がいいだろう。
「だから、今はまだ付き合うっていうことでいいよね? 結婚を前提にしたお付き合いってことで……」
「ああ、もちろんだ。俺と由佳は今から恋人同士……いや、婚約者という方が正しいのだろうか?」
「婚約者……うん、それもいいかも」
俺と由佳は、強く抱きしめ合った。お互いをもっと感じるために。
何はともあれ、俺達はこれで晴れて恋人以上の関係になれた訳である。きっとこれからの日々は、今まで以上に楽しいものになるだろう。
彼女の温もりを感じながら、俺はそんなことを思うのだった。
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