第87話 俺は全ての決着をつけることにした。
「由……佳?」
最初に彼女の姿目に入ってきた時、俺は固まった。
多分誰だって固まるだろう。ピンク色の髪なんて、そんなに見る機会がある訳ではないし。
ただおかげで俺はすぐに彼女に気付くことができたという面もある。目立つ色だったためすぐに目に入ったし、思わずその顔を見たのだ。もしも黒髪のままだったら、俺は人ごみに紛れた彼女をすぐには発見できなかったかもしれない。
「……可愛いな」
笑顔で友人達と話す由佳を見て、俺は思わずそう呟いていた。
彼女の笑顔は、小さな頃とはまったく変わっておらず可愛かった。それだけで俺まで笑顔になってしまう程に。
しかし直後に俺は悟った。彼女が違う世界の住人になったということを。その髪の色や服装、友達からはそれが伺えたのだ。
「ふっ……」
そこで俺は思った。由佳は立派に成長したのだと。
ああやって友人と笑い合って、世界をめいっぱい楽しんでいる彼女は輝かしかった。正に俺が望んでいた由佳の姿だ。
ただ同時に、彼女がもう俺の方を振り向かないということも理解した。きっと彼女は俺といてももう笑顔にはならないと、そう思ったのだ。
「ろーくんの顔、ずっと見ていたいな」
「な、何?」
「離れている間もね、ずっと寂しかったんだ。でも、それでも平気だったんだと思う。いつか会えるから頑張れるって思ってた」
「……由佳」
だがそれは、なんとも勝手な勘違いだった。
いや、勘違いなどではない。俺は本当はわかっていたのだ。由佳が俺と一緒にいて笑顔にならないなんてことはないと。
外見がいくら変わっていても、彼女が変わっていないことなんてすぐにわかったはずだ。小さな頃とまったく変わっていなかったあの曇りのない笑顔が、それを証明してくれていたのだから。
「再会してからね、すごく思うんだ。九年も離れていたんだって……離れていた間は平気だったのに、再会してからその期間がすごく重く感じるようになって、私は成長したし、ろーくんも大きくなってるし……」
「……そうか」
俺の人生は、きっと失敗だらけだった。だけど一番の失敗は、由佳との関係を切り捨てたことだ。そのことによって彼女を悲しませてしまったことは、後悔しても仕切れないことである。
「俺はお前と会ってまだ数日ではあるが、それでもお前の良い所をたくさん知っている。お前が駄目な奴なんて、そうは思わない」
竜太は俺にそんなことを言ってきた。
俺の良い所とは、一体どこなのだろうか。そんなにたくさんあるとは思えないのだが、しかしあいつがそう言っているのだからそうなのだろう。それは俺の自己評価よりも信じられる言葉だ。
「……まあ、由佳があんたのことを異性としてどう思っているかは知らないけれど、あんたは幼馴染なんだから、由佳にとっては特別な存在に決まっているでしょうが」
四条は言っていた。由佳にとって、俺は特別な存在であると。
彼女の言っている通りだ。由佳が俺のことをなんとも思っていないなんてある訳がない。そんなことは、とっくにわかっていたはずなのに。
『……私が勇気を出せたのは、藤崎のおかげだよ。ありがとう、藤崎。改めてわかったよ。由佳はやっぱり……』
水原はあの時、俺に何を言おうとしていたのだろうか。
でも事実としてわかっているのは、俺が彼女に勇気を出させることができたという事実だ。それは、俺が俺を肯定する自信に繋がる。
『……ろーくんって、ずれてるよね?』
ただ俺は、月宮が言っていたように少し人とずれている。しかしそれが俺なのだ。そんな俺を由佳は慕ってくれているのである。だからそれを気にする必要なんてないのだ。
『そうだよ。ろーくんには、一番に伝えたかったからさ……あの日、ろーくんは僕に勇気を与えてくれた。だから今度は、僕がろーくんに勇気を与えたいって、思っていたんだ』
江藤は俺に、勇気を与えてくれた。同じ幼馴染という関係から一歩を踏み出したあいつのことを俺は尊敬している。俺もそうなりたいと思っている。
「うん。ろーくんは優しい。いつだって優しかった。ろーくんは私にとって。いつだってヒーローなんだよ?」
そして何より忘れてはいけないことは、俺が由佳にとってヒーローであるということだ。
その期待を俺は裏切りたくはない。いつまでも彼女にとってのヒーローでいたい。
だから俺は行動を開始したのである。全ての決着をつけるために俺は今、この場所に来たのだ。
「ここは……」
「覚えているか?」
「うん。もちろん覚えてるよ。ろーくんと一緒にいっぱい遊んだもん」
そこは、ありふれた公園である。だがどこにでもあるその公園は、俺と由佳にとっては特別な場所だ。
いや、特別などというべきではないだろうか。いつもの場所といった方が正しいかもしれない。ここは俺達にとって、いつも遊んでいた公園に過ぎないのだから。
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