第83話 はたから見たらどう見えるのかを考えておくべきだった。

 由佳の家で朝を迎えた一日の午後、俺は彼女とともに駅前まで来ていた。

 今回の目的地は、その近くにあるショッピングモールである。そこでゆっくりと買い物する予定なのだ。

 由佳と一緒にまったりと過ごして、彼女と一緒に出掛ける。そんな一連の流れに幸福を覚えながら、俺は由佳と手を繋いで歩いていく。


「やっぱり人が多いね……」

「まあ、ゴールデンウィークだからな……皆どこかに出掛けたりしているんだろう」

「……カップルも多いよね?」

「あ、ああ……」


 由佳の言葉に、俺は改めて周囲を見渡すことになった。

 確かに男女で歩いている者達もちらほらいる。休みということで、やはりそういう人達も活発に行動しているということだろうか。

 いやもしかしたら今まであまり意識していなかっただけで、そういう人達はいたのかもしれない。移動の拠点であるのだから、むしろいて当然だ。


「何も知らない人達から見たら、私達もそう見えるのかな?」

「それは……そうかもしれないな」


 確かにはたから見たら俺達はカップルに見えるのかもしれない。この年の男女が手を繋いで歩ているのだから、誰だってそう思うはずだ。

 でも実際はそうではない。少なくとも俺はそうなりたいと思っているが、俺達はまだただの幼馴染である。


「あれ? 由佳じゃね?」

「む?」


 そんな風に俺が考えていると、聞いたことがない男の声が聞こえてきた。

 その男は、由佳の名前を呼んだ。ということは、彼女の知り合いが近くにいるということだろうか。


「ろーくん?」

「誰かが由佳を呼んでいる」

「え? そ、そうなの?」


 俺は握っていた手を離してから、周囲を見渡した。

 するとすぐに三人組が見つかった。その中の一人は、俺がよく知っている人物だ。残りの二人に関しても、知らない訳ではない。


「おっ、やっぱり由佳じゃんか」

「お前な……」


 茶髪の男の言葉に、その隣にいる黒髪の男は頭を抱えていた。そのさらに隣では、竜太が気まずそうな顔をしている。

 磯部いそべ翔真しょうま新見にいみ孝則たかのり、そして立浪竜太の三人は、所謂四条一派の男子組だ。その三人もゴールデンウィークということで集まっていたらしい。


「よっ! こんな所で会うなんて奇遇だねぇ」

「あ、うん。こんにちは、翔真君」

「んで、そっちは噂のろーくんってことかな? いや、初めまして初めまして」

「あ、いや……初めまして」


 こちらに来た磯部は、なんというかすごく明るかった。

 そういう奴であるということは聞いたことはあったが、なんというかすごく対応し辛い。正直苦手なタイプだ。


「翔、空気を読め空気を……」

「空気って?」

「いや、この状況で普通声をかけるかね……」

「なんで駄目なのさ?」

「あーあ、もう……」


 そんな磯部を止めに来た新見は、またも頭を抱えていた。

 磯部とは対照的にクールな奴。新見についてもやはり噂でそのように聞いていたが、概ねその通りの人物であるようだ。


「……由佳、それにえっと、藤崎だったかな? すまなかったな。急にこいつが……」

「あ、ううん。大丈夫だよ。翔真君がそういう人だっていうことはわかってるから」

「え? 俺なんかディスられてる?」


 磯部を手で制しながら、新見は俺達に謝罪してきた。

 ただ別に、磯部の行動は悪という訳でもない。ただ知り合いに声をかけただけなのだから、責められるのは少し酷という気もする。

 もっとも、俺個人としては少々思う所がない訳ではない。そっとしておいて欲しかったというのが、正直な所だ。


「えっと……まあ、九郎も由佳も久し振りだな。といっても、まだ休みに入って一日しか経っていない訳ではあるが」

「まあ、それはそうだな……」


 二人から少し遅れてやって来た竜太の取り繕うような発言に、俺はとりあえず頷いておいた。

 とにかくなんとかしてこの場を切り抜けたい。俺は内心そう思っていた。

 多分悪気はないのだろうが、磯部の存在は俺にとって少々厄介だ。できるだけ早くこいつから離れなければ、何かよくないことが起こるような気がする。


「あ、なるほど」

「翔?」

「俺、邪魔しちゃったってことか……それは悪かった」


 そこで磯部が早速そんなことを言い出してしまった。どうやら竜太や新見から少し遅れて、状況を理解してくれたらしい。

 そのことに俺は安心する。これで磯部も滅多なことは言わないだろう。


「でも由佳も無事に付き合えたんだな……よかったよかった。これでいつも言っていた結婚の約束も果たせるってことか」

「あっ……」


 その直後に発せられた磯部の言葉に、俺と由佳は固まってしまった。

 時間の流れがゆっくりになっていく。磯部が言っていることが上手く飲み込めない。

 ただ思ったのは、俺と由佳がどう見えるかということだ。はたから見たら恋人に見えるということは、つい先程話したことである。


「……この馬鹿っ! なんてことを言ってるんだ!」

「え? 俺なんかおかしなこと言った?」

「……いや、おかしなことという訳ではないさ。ただこの場合、それは絶対に言うべきではなかったというだけで」

「ええっ?」


 新見と竜太からの言葉に、磯部は訳がわからないという顔をしていた。

 それを口にしたという事実はともかく、磯部が俺達のことをそういう関係だと思ったのは別におかしいことではない。それを俺はもっとよく考えておくべきだったのだ。

 きっと遅かれ早かれ誰かに指摘されることだったのだろう。事態が受け入れられてきて、俺はそのように思った。


「……竜太」

「九郎?」

「すまないが俺達はこれで失礼させてもらう」

「あ、ああ、それは別に構わないが……」


 俺は、未だに固まってしまっている由佳の手を取った。一瞬驚いたようだが、彼女はすぐにそれを受け入れてくれる。


「由佳、ついて来てくれ」

「う、うん……」


 俺は、由佳の手を引き歩いていく。

 色々と言わなければならないことはあるのだが、それは今ここで言えることではない。流石に人の目が多すぎるからだ。

 だから、それなりに相応しい場所に行くとしよう。幸いにもその場所には心当たりがある。そこに行って決着をつける決意を、俺は固めるのだった。

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