第81話 やはりその体勢で眠るのは辛かった。

「んっ……」


 体を揺らされて、俺はゆっくりと目を覚ました。

 周囲の明るさ的に、まだまるっきり夜である。それは間違いない。

 しかし、俺は確かに誰かに体を揺すられた。この状況でそれをするのはただ一人だ。由佳しかいないだろう。


「ろーくん、起きた?」

「あ、ああ……」

「ごめんね、起こしちゃって……それに、そんな体勢で寝させちゃって」

「……いや、気にするな」


 由佳は、とても申し訳なさそうにしていた。俺をこのような体勢で眠らせたことに、かなり罪悪感を覚えているようだ。

 だが、別に由佳が悪いという訳ではない。そもそも手を握ったのは、俺である訳だし。


「由佳が手を伸ばしてきたから、つい握ってしまったんだ。それで動けなくなったのだから、悪いのは俺だ」

「ううん。ろーくんは私の望みを叶えてくれただけだもん」

「いや、望みというには……」

「望みだよ? それだけは絶対にそう。ろーくんもそう思ったから手を握ってくれたってことも私はわかってる」

「由佳……」


 由佳は、俺の手を引っ張ってきた。とりあえず、ベッドの上に上がるように促しているようだ。

 逆らう必要もないので、俺はベッドの上に上がる。それでわかった、体が痛いということが。


「……ろーくん、大丈夫?」

「ああ、まあ、多少は変な感じがするが……」

「そうだよね……」

「由佳が悪いんじゃないぞ? これに関してはいつも通りお相子だ」

「……うん」


 俺は由佳の頭をゆっくりと撫でる。

 このような些細なことで罪悪感を覚える必要なんてない。そういう時に便利なのは、やはりどちらも悪いということにするのがいいだろう。そうすればお互いに、色々と引きずらなくても済む。


「……それにしても、私寝ちゃったんだね?」

「ああ、まあ疲れていたんだろう」

「多分そうなんだろうね……はあ、でも残念だなぁ。ろーくんともっと色々したかったのに……」

「仕方ないさ。人間、眠気には勝てないものだ」


 由佳にそんなことを言いながら、俺は少し気になっていた。一体、彼女はどこまで覚えているのだろうか。

 俺は先程までの由佳の言葉は、寝ぼけていたからこそ出た言葉であるような気がする。それを俺が聞いていたという事実を彼女はわかっているのだろうか。


「もっとも、今から何かするというのもなしという訳ではないと思うが……」

「……ろーくんは大丈夫なの?」

「ああ、俺は特に問題はない」

「それなら、ちょっとだけお話ししよう?」


 由佳はリモコンで明かりをつけてから、ベッドの端に腰掛けた。

 当然、俺の視線は彼女のふとももにいってしまう。一瞬で目をそらしたが、恐らく由佳も視線には気付いただろう。それは、寝る前の会話でわかっている。


「ろーくん」

「む……」


 そこで由佳は、自分の膝を軽く叩いた。

 それが何を示しているかは理解できる。理解できるが、それで飛び込んでいける程の勇気が俺にはない。


「ろーくん、膝枕は嫌い?」

「……いや、そんな訳がないが」

「それならどうぞ」

「んぐっ……失礼、します……」


 由佳にさらに勧められた結果、俺は欲望に負けてしまった。

 当然、膝枕はすごく魅力的である。その誘惑に耐えられる訳はなかったようだ。

 という訳で、俺はゆっくりと由佳の膝に頭を乗せる。


「うぉ……」

「ろーくん?」

「あ、いや、なんでもない……」


 彼女柔らかいふとももの感触を直で感じて、俺は固まってしまう。温かいしいい匂いもするし、この枕は凄すぎる。

 それに想定していなかったが、このアングルはちょっとまずいかもしれない。彼女の膨らみを下から眺められるというのは素晴らしいことではあるが、今の俺にとっては少々目の毒だ。


「寝心地はどう?」

「それは……とてもいいが」

「そう? それなら良かった」


 由佳の質問に、俺は少しだけ言葉を詰まらせた。寝心地はすごくいいのだが、それを素直に言ってもいいのかどうかがわからなかったからだ。

 多分、柔らかいとかそういうことは言わない方がいいだろう。今は少し言葉を間違えれば、訴えられかねない状況だ。


「ろーくん、頭触ってもいい?」

「頭? ああ、別に構わないが……」

「うん。ありがとう」


 そこで由佳は、俺の頭をゆっくりと撫で始めた。

 それにどのような意図があるかはわからない。ただとても心地いい。撫でられるというのは、やはりいいものだ。

 しかし困ったことに、眠気が押し寄せてきた。最高の枕で寝転がっていて、撫でられるというこの状況は、俺の安眠を促してくる。


「ゆ、由佳……少し眠気が」

「眠たかったら、寝てもいいよ?」

「いや、このまま寝たら由佳が辛いだろう……」

「……それなら、ね?」

「む……」


 由佳に促されていることがわかったので、俺はゆっくりと体を起こした。

 すると彼女は、床に敷かれた布団から枕を取ってベッドの上に乗せた。そして彼女はベッドの端に寝転がり、自分の横を叩く。


「……由佳」

「ろーくん、来て欲しいな……」

「……それなら、失礼させてもらおうか」


 色々と考えた結果、俺は由佳の横に寝転がった。

 ベッドは広いという訳ではないが、二人で寝転がっても特に問題はない。問題があるとするなら、由佳との距離が近くてドキドキするということだろうか。


「由佳……」

「んっ……」


 俺は、由佳の腰に手を置きゆっくりと引き寄せる。すると由佳も、俺の体に手を回してきた。ついやってしまったが、受け入れてもらえたようだ。


「お休み、ろーくん」

「ああ、お休み、由佳……」


 由佳の温もりを感じながら、俺はゆっくりと目を瞑った。

 こうして俺達は、再び眠りにつくのだった。

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