第70話 この鼓動の意味を(由佳視点)

 遊園地に着いた私達は、まず最初にお化け屋敷に行くことにした。

 それを提案したのは、他ならぬ私である。とりあえずお化け屋敷には行っておきたかったのだ。

 前回ろーくんと行けなかったというのもあるが、遊園地に来たからにはお化け屋敷は外せない。舞と千夜から色々と教えてもらった結果、私はそう思うようになっていた。


「うおっ……」

「ううっ……」


 お化け屋敷という場所は、距離を自然に詰められる場所である。怖いからという理由で抱き着いたりすればいい。舞と千夜は、私にそのようなことを言ってくれた。

 それにお化け屋敷は、吊り橋効果も期待できるそうだ。つまり今の私にとって、ここはとても有用な場所なのだ。


「美冬姉、大丈夫かい?」

「ああ……ここのお化け屋敷は、よくできているね?」

「なんだか、平気そうだね?」

「いや、もちろん怖いけれど……晴君と一緒だからね」

「そうか……それならよかった」


 お化け屋敷に入るまで、私は色々なことを考えていた。ろーくんに対して、色々とアプローチをしようと思っていたのである。

 でも入ってからは、そんなことは考えられなくなっていた。お化け屋敷が、普通に怖かったからである。


「ううっ……」

「由佳? 大丈夫か?」

「ここのお化け屋敷、こんなに怖かったんだね……私、気軽な気持ちで入ろうって言っちゃった……」

「まあ、お化け屋敷だからな……怖くてなんぼということなのかもしれないが」

「そ、そうだよね。でも、やっぱり怖い……」

「うおっ……」


 ここのお化け屋敷は、前に舞達と一緒に来たことがある。だから、どのように驚かしてくるかわかっているし、平気だと思っていた。

 でも、私が想定していたようなことはまったくもって起こらなかった。どうやら、知らない間にリニューアルされていたらしい。

 だから、私は終始怖がっていただけである。ろーくんの腕に抱き着きながら、ただ必死に出口に向かっていただけだ。


「……由佳、もうすぐ出口みたいだぞ?」

「あ、そうなんだね……よかった」


 夢中で歩いていた私は、ろーくんの言葉に安心した。

 結局、事前に思っていたようなことは何もできなかったような気がする。だけどお化け屋敷自体は楽しかったし、別に悲観するようなことばかりでもないだろう。

 色々とアプローチもしたいとも思っているが、一番大切なのはろーくんと一緒に遊園地を楽しむことだ。このお化け屋敷に関してそれはできていたと思うので、とりあえず良しとしよう。


「……なあ、由佳。そろそろ離れてもいいんじゃないか?」

「え?」

「その……くっつきすぎているような気もするし」


 そこでろーくんは、私にそのようなことを言ってきた。

 それによって私は、改めて自分の状態を再確認することになった。よく考えてみると、私はずっとろーくんの腕に抱き着いていたのだ。

 それは当初考えていたアプローチある。どうやら私は無意識の内にそれを実行していたらしい。気持ちとしては、とにかくろーくんとくっついてできるだけ安心したいと思っていただけだったのだが。


「えっと……もう少しこのままじゃ駄目かな?」

「いや、別に俺は構わないのだが……」

「そ、それならこのままでいいよね」

「うっ……あ、ああ」


 少し恥ずかしかったが、私はろーくんの腕に自分の胸を押し付けてみた。

 もしかしたら今までもそうしていたのかもしれないが、今回は明確に意思を持ってやってみた。とりあえずろーくんの反応が、見てみたかったのだ。


「ふう……」


 ろーくんは、顔を少し赤くしていた。表情としては、なんだか少し嬉しそうにしているように見える。

 反応的には、手応えがあるように思える。今までも何回か似たようなことはしてきたけど、多分ろーくんは私のことをちゃんと女の子としては認識してくれているはずだ。

 妹みたいに思われている可能性もあるため、そこははっきりとさせておきたい部分ではあった。だから、こういう風に反応してもらえるのは正直嬉しい。


「……晴君、でもやっぱり少し怖いかもしれない」

「美冬姉? あ、ああ……で、でももう出口みたいだよ?」

「ああ、そうなのか……それなら安心だね」


 そこで私は、前を歩いている美冬さんが江藤君に抱き着いているのを確認した。

 美冬さんが一瞬こっちに視線を向けたような気がするので、これは私を見てそうしたということなのだろう。

 付き合っているとはいえ、やっぱりそういうアピールは欠かしてはいけないのかもしれない。美冬さんの動きを見て、私はそんなことを思った。


「……それにしても、由佳の言った通りだったな」

「え?」

「お化け屋敷というものは、案外楽しいものだった。初めて知ったよ」

「ろーくん……」


 外の光が見えた所で、ろーくんは私に笑顔を見せてくれた。

 その笑顔を見ると、心の中にある好きだっていう気持ちが一気に溢れ出してきた。

 ろーくんの笑っている顔がもっと見たい。ずっと一緒に笑い合っていたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになる。


「ありがとう、由佳」

「……ううん。お礼を言われるようなことではないよ」


 今私の心臓の鼓動は、きっとろーくんに伝わっているはずだ。

 それをろーくんは、どう思っているのだろうか。お化け屋敷でドキドキしたからとしか思っていないのだろうか。

 この鼓動の意味を伝えたい。そう思ったけど残念ながら、言葉は出てこなかった。こんなに焦がれているのに、私はまだ勇気を出すことができないみたいだ。

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