第71話 間接キスは(由佳視点)

「ふー……」

「由佳? 少し疲れたのか?」

「あ、うん。そうだね。すごくはしゃいじゃったから」

「まあ、そうだよな。正直、俺も少し疲れている」


 ベンチの隣に座っているろーくんは、穏やかな笑みを浮かべていた。

 最初にお化け屋敷に行ってから、私達は遊園地を満喫した。今は休憩中である。それぞれ二人でベンチに座って、屋台で買ったクレープを食べているのだ。

 前にろーくんと一緒に来た時は、ほとんどこうやって過ごしていた。それでも楽しかったが、今日は別の意味で楽しかったように思える。なんというか今日は真っ当に遊園地としての楽しさがあったのだ。


「でも楽しかったよ。久し振りにこうやって遊園地で遊んで……なんだか昔を思い出してしまった」

「……うん、私も」


 私は、ろーくんとの距離を少し詰める。昔のことを思い出したら、なんだか無性にろーくんとくっつきたくなったのだ。

 手を繋いだり抱きしめたりもして欲しいと思ったが、生憎今はクレープを持っている。少なくともこれを食べ終わるまでそういうことはできないだろう。


「……あ、ろーくんのクレープも美味しそうだね?」

「うん? ああ、美味いぞ?」

「一口食べさせてもらってもいい?」

「え?」


 そこで私は、ろーくんにそのような提案をしてみることにした。

 半ば忘れていたが、今回のダブルデートで私ははろーくんに対して色々とアプローチしようと思っていた。今はその絶好の機会だろう。


「ま、まあ……別にいいが」

「それじゃあ、あーん」

「あ、あーん?」


 私は、口を開けて待機する。ろーくんがクレープを運んでくれるのを。

 当然、ろーくんは既に自分のクレープに口をつけている。つまりそれに私が口をつければ、間接キスということになる。恐らく、ろーくんはそれを気にしているのだろう。

 妹のように思っているなら、間接キスなんかはむしろ気にならなくなるはずだ。だからこれは女の子として見てくれていると思っていいのだろうか。


「あ、あーん……」

「うんっ」

「……美味いか?」

「うん。こっちも美味しいね?」


 少し間を開けてから、ろーくんはクレープを食べさせてくれた。

 正直、味はそんなにわからない。多分美味しいはずなのだが、今の私には味わう余裕がなかった。

 間接キスは、私にとっても緊張する行為だ。全然嫌ではないのだが、心臓が鼓動を早めて平静ではいられなくなってしまう。


「ろーくんもどうぞ?」

「え?」

「はい、あーん」


 そんな中でも、私はなんとかその言葉を切り出すことができた。

 食べさせてもらったから、今度は食べさせてあげる。この流れまで、私は事前に想定していた。だから、なんとかやり切ることにしたのだ。

 ろーくんは、私のクレープを見ながら固まっている。やはり、間接キスを気にしているのだろう。


「あーん……」

「あっ……」

「……うん、美味いな」


 また少し間を開けた後、ろーくんは私のクレープに口をつけた。

 ただ、そこは私がまだ食べていない部分である。どうやら間接キスを避けたようだ。

 それは想定外である。もう少し全体的に口をつけてから提案した方が良かったかもしれない。


「俺もいちごにすればよかったか……」


 ろーくんは、クレープに対してそのように感想を述べた。

 そこで私は一度深呼吸をする。少し失敗してしまったが、ここでくじけては駄目だ。今日は色々とアピールすると決めている。まだまだチャンスはあるのだから、一々気落ちしている場合ではない。


「いちご、美味しいよね? 私、好きなんだ」

「ああ、そうだったな。由佳は昔から、いちごが大好きだった」

「でもチョコレートも美味しかったよ? こうやって交換できたんだし、違うのを選んだのは良かったんじゃないかな?」

「……それもそうか」


 私の言葉に、ろーくんは少し照れていた。先程したことを思い出したから、そういう表情をしているのだろうか。

 そんなことを考えながら、私は自分のクレープを口に運ぶ。そしてわざとらしく、ろーくんが食べた方に口をつけてみる。


「……っ」

「……うん、やっぱり美味しい」


 自分でも体が熱くなっていることを理解しながら、私は笑顔でろーくんの方を見た。

 ろーくんは先程と同じように固まっている。それは私の行為に少しはドキドキしてくれていると思ってもいいのだろうか。

 というか、多分赤くなっている私の顔を見て、ろーくんは何も思っていないのだろうか。そちらについても気になる所である。


「……」

「ろーくん? どうかしたの?」

「いや、なんでもない……」


 そこで私は、ろーくんが私の顔と自分のクレープを交互に見ていることに気付いた。

 それはつまり、私が口をつけた部分を気にしているということだろう。

 流石にこれは、意識されていると思っていもいい気がしてきた。ろーくんは顔をかなり赤くしているし、そう思ってもいいはずだ。


「……は、晴君。私のも食べるかい?」

「え? あ、ああ……いいのかい?」

「もちろんいいとも……」


 私が成果を得られたことに喜んでいると、江藤君と美冬さんのそのような会話が聞こえてきた。

 どうやら二人の方も上手くいっているみたいだ。そのことに私は安心する。同時に羨ましかった。私もろーくんと付き合いたい。そう思ってしまったのだ。

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