第68話 過剰な確認(由佳視点)

 部屋にある鏡の前で、私は自分の姿を確認する。

 特におかしい点はないはずだ。今日もばっちり決められていると思う。

 そうやって思うのは、もう何回目だろうか。ろーくんと一緒に出掛ける時は、ついつい何度も確認を重ねてしまう。大丈夫だと一度確認したはずなのに。


「あ、もうこんな時間なんだ……」


 スマホを見て時間を確認したが、既に時間が迫っていた。

 今日は江藤君と穂村先輩とのダブルデートの日である。このゴールデンウィークの初日、私とろーくんは二人と遊園地に向かうのだ。

 待ち合わせの場所は駅前だが、実は今回はろーくんが家まで迎えに来てくれることになっている。多分、もうすぐ来てくれるのではないだろうか。


≪明日は俺が由佳の家まで迎えに行ってもいいか? 江藤は穂村先輩の家まで迎えに行ってから二人で駅前に行く予定らしいから、それに倣おうと思うんだ≫

「えへへ……」


 私は、昨日ろーくんから届いたメッセージを見返していた。

 江藤君に引っ張られたのかもしれないが、そういう風にろーくんの方から提案してくれたという事実が嬉しい。

 早速ダブルデートの恩恵のようなものが受けられた気がする。江藤君には感謝しなければならない。このような素晴らしい機会を与えてくれたことに。


「でも感謝の気持ちは、このダブルデートで示すべきなんだよね……でも、本当に私とろーくんで二人にいい影響が与えられるのかな?」


 江藤君は、穂村先輩と少しぎくしゃくしてしまって、それを解消するために同じ男女の幼馴染である私達と出かけたいらしい。

 しかし心配である。私とろーくんの関係を見て、既に付き合っている二人がいい方向に行くことができるのだろうか。

 とはいえ、江藤君も考えてのことだろうし、それは私が心配するべきではないのかもしれない。変に心配するよりも、私達はいつも通りに振る舞う方がいいだろう。気を遣った結果、変なことになったら大変な訳だし。


「心配するべきなのは、自分の方だよね……」


 私は改めて鏡に映る自分を見る。もう何度も確認したから大丈夫なはずなのだが、なんだかまた心配になってきた。

 今日のダブルデートは、ろーくんとの関係を進展させるチャンスである。だから、頑張らなければならない。

 そのためにも、身支度はしっかりと整えておきたかった。という訳で、私はまた確認を再開する。


「……あっ」


 頭の先から順に自分を見つめ直していた私は、家の中で大きな音が鳴り響いていることに気付いた。

 このタイミングで家を訪ねて来る人がいるとしたら、それは高確率でろーくんである。

 私は、少し焦ってしまう。まだ全身のチェックが終わっていなかったからだ。


「……って、もうさっき確認したんだから大丈夫だよね」


 そこで私は、思考を切り替えた。いつまでも気にしていてはいけない。そもそも何度確認したって変わる訳がないのだから、決意を固めるべきだ。

 そう思って、私は部屋を出て行く。多分、ろーくんだと思うのだが別人の場合もあるのでとりあえず階段をそっと下りながら様子を窺ってみる。


「由佳? ろーくんが来てくれたわよ?」

「あ、うん。お母さん、すぐ行くね」


 お母さんの声が聞こえてきたので、私は階段を足早に下りて行った。

 すると見えてきたのは、玄関で待っているろーくんの姿だ。いつも通り、ろーくんもばっちり決めてきてくれている。今日も相変わらずかっこいい。

 ろーくんの姿を見ただけで、自然と笑顔が浮かんでしまう。先程まで色々と心配だったはずのに、それはもう吹き飛んでいる。我ながら単純な気がしてしまうが、それはもう仕方ない。


「ろーくん、おはよう」

「ああ、おはよう。由佳」


 玄関まで行ってから、私は一度足を止める。できれば、ろーくんに私を見てもらいたかったからだ。

 前に遊園地に行った時の反省を活かして、今日はパンツスタイルで、比較的動きやすい服装である。そんな私をろーくんはどう思ってくれているだろうか。


「……由佳は今日もばっちり決まっているな?」

「そ、そうかな?」

「ああ、とても似合っている……というか、由佳はおしゃれだよな。今まで色々な服装を見てきたが、どれも随分と印象が違う」


 ろーくんは私をそのように褒め称えてくれた。それに私は震えてしまう。その言葉が嬉しくて仕方ない。


「ありがとう、ろーくん。ろーくんもばっちり決まっているよ?」

「あ、ああ……まあ、ありがとう」


 私の言葉に、ろーくんは目をそらした。それは恐らく、自分で服を選んでいない後ろめたさがあるからなのだろう。

 前にろーくんから、服装はお母さんのチョイスだと聞いたことがある。なんでも、ろーくん自身は服装にはまったく無頓着だったらしくよくわからないそうだ。

 だから、ろーくんの反応は微妙なのだろう。やはり人に選んでもらったから、褒められても喜べないのかもしれない。


「ろーくんのお母さん、やっぱりすごいよね?」

「すごい? 何がだ?」

「ろーくんに何が似合うか、よくわかっているなって思って……」

「そ、そうか……」


 ろーくんから話を聞いてから、私はずっと思っていた。ろーくんに似合う服を選びたいと。

 しかし今のろーくんを見ていると少し自信がなくなってくる。私はろーくんのお母さん以上に、ろーくんに似合う服を見繕えるのだろうか。

 でもやっぱりろーくんの服を選びたいと強く思ってしまう。やはり、今度誘ってみることにしよう。


「ていうか、いつまでも話している場合じゃないよね? 江藤君と穂村先輩、もう来ているかもしれないし」

「あ、ああ、そうだな……」

「それじゃあお母さん、行ってきます」

「行ってらっしゃい。ろーくん、由佳をよろしくね」

「あ、はい」


 お母さんの言葉に、ろーくんは力強く頷いてくれた。

 そういう風なやり取りは、小さな頃からの定番である。そうやって頷いてくれるろーくんは、本当にとても頼りになるのだ。

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