第67話 揺るがない想い(由佳視点)

「なるほど……つまり藤崎君は由佳さんにとって、白馬の王子様ということなのね」

「あ、うん。そうなるね……」


 放課後の教室にて、私は京香ちゃんの言葉にゆっくりと頷いた。

 ろーくんが私にとって王子様であるということは、紛れもない事実である。少し恥ずかしかったけど、私はそれを否定したくはなかった。ろーくんへの想いを否定することは、私自身を否定することと同じだからだ。


「いいよね。そういう人がいるって……京香も私も、そういう面はからっきしだもんねぇ」

「まあ、それは否定はしないけれど……由佳さんの場合は、かなり特別な例なのではないかしら」

「それはそうかも。幼馴染をずっと想ってその幼馴染と長年を隔てて再会するなんて、滅茶苦茶運命的だもんね」


 京香ちゃんの親友である日々菜ちゃんは、私とろーくんの関係をそのように言い表した。

 確かに私とろーくんが再会できたのは奇跡的なことだといえる。馬鹿だった私は、ろーくんと連絡先を交換することもなく別れてしまった。もしもろーくんがこっちに戻って来てくれなかったら、きっと再会するのはとても難しかっただろう。


「まあ、あいつがこっちに戻って来たのは本当に幸運だったといえるでしょうね……由佳も色々と方法は考えていたけど、現実的に考えて転校を繰り返しているあいつを見つけるのは簡単ではなかったでしょうし……」

「全国の中から一人の人間を見つけるなんて、かなり難易度が高そうですよね……小説で似たような話は読みましたけど、藤崎君次第な部分もありますからね」

「そうなんだよね……」


 ろーくんをどうやって見つけ出すかは、舞にも美姫ちゃんにも相談したことがあった。それを試したこともある。

 例えば、SNSなんかでろーくんのアカウントがないか探してみたりしたが、それは空振りに終わった。それらしきアカウントすら、見つからなかったのである。

 ろーくん本人に最近そのことを話したら、「SNSの類はやっていかなかった」と言われた。そのように、ろーくんを見つけるにはろーくん側の事情も関係してくるので、かなり困難だったといえるだろう。


「でも由佳ちゃんなら諦めなかったんじゃない?」

「あ、うん。それはもちろんそう。ろーくんのことは、絶対に見つけるつもりだった」


 日々菜ちゃんの言う通り、それでも私は諦める気なんてなかった。絶対にろーくんを見つける。それは私の中で、決めていたことなのだ。


「……こういうことを聞くのは、あんまりよくないと思うけれど」

「京香ちゃん?」


 そこで京香ちゃんは、少し気まずそうな顔をしながら私の目を見てきた。

 切り出した方らして、何か言いにくいことを言うつもりなのだろう。

 少し話してみてわかったが、京香ちゃんは結構真っ直ぐな人だ。だからこそ、疑問に思ったことを素直に聞こうとしているのかもしれない。


「由佳さんは藤崎君のことをどうしてそんなに一途に思い続けることができたの? 彼への気持ちが揺らいだりすることはなかったのかしら? 言ってしまえば、子供の頃の恋な訳だし……」

「京香、それは……」

「日々菜ちゃん、大丈夫だよ」


 少し怒ったような口調の日々菜ちゃんを、私は止める。

 日々菜ちゃんは気遣い上手だから、きっと今の質問で私が傷つくことを心配してくれたのだろう。

 でも特に問題はない。京香ちゃんの疑問は、きっと誰もが感じる疑問なのだと思う。ろーくんと離れている期間が長くなればなる程、その話をした時の相手の反応が変わったので、それはなんとなくわかっていたことである。


「ろーくんと離れている間はね、私もそれはわからなかったんだ」

「わからなかった?」

「なんとなく皆京香ちゃんが言ったようなことは思っているんだろうなって思ってた。だから考えてみたけど、わからなかったんだ。多分その時はまだ、私はどうして皆がそんな風に思うのか理解できていなかったから……」


 私は皆がなんとなく疑問を感じているということは理解できた。だが、その本質は理解できていなかったように思える。それは、今思い返してみればという話ではあるのだが。


「でもろーくんと再会して、私もろーくんも色々なことがあって、もちろん変わっていない部分の方が多かったけど、それでも昔と変わった所があるってわかったんだ……それで皆は、それがわかっていたから疑問を感じてたってこともなんとなく理解できてきた」

「そうだったのね……」


 私の言葉に返答したのは、京香ちゃんではなく舞だった。

 もしかしたら舞も、私の想いについてはずっと疑問を抱いていたのかもしれない。今までそういうことを聞かれたことはなかったが、その可能性は充分ある。近しい友達であるからこそ、聞きにくかったのかもしれないし。


「……だけど、それでも私の好きは揺らがなかったんだ」

「変わってしまった部分があっても、それでも藤崎君のことが好きだったの?」

「うん……ろーくんの根本的な部分は変わっていなかったから」


 色々と変わった所はあるけれど、私にとってろーくんがろーくんだって思える部分は変わっていなかった。だから私の好きは、揺るがなかったのだと思う。

 それはきっと離れていた期間想いが揺らがなかったことにも関係しているはずだ。確信できる程に自信がある訳ではないけれど、とりあえず今はそれを話してみることにする。


「きっと私は、ろーくんの根っこは絶対に変わらないってわかっていたんだと思う。何があってもそこだけは揺るがないって思えたから自分の想いを信じられた。私は、そういう風に考えてる」

「なるほどね……わかったわ。教えてくれてありがとう、由佳さん」

「ううん。別にお礼を言われるようなことではないよ」


 私は、ろーくんが変わるとはまったく思っていなかった。それはきっと幼いながらもろーくんの根っこの部分を信じ切っていたのだろう。それが信じられるという確信を、私は自然と得ていたのだ。

 とりあえず私はそのように納得している。もっとも確信が持てている訳ではない。自分の想いであるのにおかしな話だが、私自身もまだまだわかっていない部分が多いのである。


「……由佳、参考までに聞かせて欲しいんだけど、あいつの根本ってどういう部分なの?」

「え? それは……」


 そこで舞からそのような質問をされた。

 その質問に、私は少し考える。自分で言ったことではあるが、それを言語化するのは中々難しかったからだ。

 ただ、できれば答えたかった。それを整理することは、私自身にとっても大切なことだと思うから。


「ろーくんはね、私のことをすごく大切にしてくれているんだ」

「それはまあ……そうでしょうね」

「それになんというか、懐も深くて優しくて温かくて……」

「……ありがとう由佳。もうわかったわ」

「え? そう?」


 私が色々と語ろうと思っていると、舞がそれを止めてきた。

 せっかく整理できたので残念だが、舞がもういいというならこれ以上は喋らない方がいいだろう。なんとなく先程から周りの皆が静かだし、もしかしたら私は少し喋り過ぎてしまっていたのかもしれない。


「まあ何はともあれ明日はそんなあいつとダブルデートな訳なのでしょう? 頑張りなさい……というのもおかしいわね。まあ、楽しんでくればいいと思うわ」

「あ、うん。頑張るし、楽しもうと思う」


 舞の言葉に、私は力強く頷いた。

 江藤君と穂村先輩とのダブルデート。これは私にとって大きなチャンスである。頑張りたいと思っているし、それに純粋に楽しみだ。

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