第66話 席替えに一喜一憂するのはいつぶりだろうか。

 江藤の提案を、由佳は快く受け入れた。という訳で、俺達は江藤と穂村先輩とダブルデートすることになったのである。

 正直とても楽しみだ。早く明日にならないかと、今日一日うずうずしていたくらいである。


「いやぁ、まさかまた藤崎君の隣とは……」

「ああ……」


 そんな訳で益々楽しみになったゴールデンウィークが迫る中のロングホームルームにて、俺達のクラスは席替えが実施されることになった。

 担任の教師曰く、長い休みが明けてからは心機一転ということであるそうだ。


「おお、九郎が後ろか。それに江藤も近いな……」

「一番後ろか……ちょっと黒板から遠いけど、ろーくんの隣は嬉しいな」

「……知り合いが固まったわね」


 何の因果か、俺の周りには知り合いばかりであった。いや、知り合いという言い方は正しくないだろう。友達に囲まれたというべきだろうか。

 親しい者達と近くの席というのは、本来であれば嬉しいことだ。ただ、俺は素直に喜べないでいる。なぜなら最も近くの席になりたかった由佳は、俺の周りにはいないからだ。


「……」


 俺は思わず、窓際の一番前にいる由佳を見ていた。

 彼女は、隣の席の女子と楽しそうに話をしている。流石は由佳だ。もう新しい環境に順応しているらしい。


「……藤崎君。由佳ちゃんが気になりますか?」

「え? いや……まあ、それはその」

「誤魔化さなくても大丈夫ですよ。私、わかっていますから」

「わかっている? ……そうか」


 反応的に、七海も俺の想いを知っているようだった。多くの者に見抜かれてきた実績があるため、最早その事実にそれ程驚きはない。

 それなら、変に隠す必要もないのだろうか。いや想いを知られていても、素直に言うのはなんだか恥ずかしいような気もするが。


「やっぱり近くの席になりたかったんでしょうか?」

「まあ、それは……そうだな」

「ふふ、それは残念でしたね……でも、まだ諦めるには早いかもしれませんよ」

「え?」


 俺に意味深なことを言った後、七海はゆっくりと手を挙げた。

 席替えの後で少しざわついているが、今はまだホームルーム中だ。つまり、その行為は先生に何かを伝えるための行為ということになる。


「先生、すみません」

「七海さん、どうかしたの?」

「一番後ろの席になってわかったんですけど……黒板が見づらいです」

「あ、そうなの?」

「はい、自分が思っていたよりも目が悪くなっていたみたいです」


 手を挙げた七海は、先生に気まずそうな表情でそう言った。

 眼鏡をかけていることからわかっていたことではあるが、七海は目が悪い。どうやら視力的に一番後ろの席は厳しいようである。


「うーん……それなら瀬川さん、悪いけど七海さんと入れ替わってもらえる?」

「え? あ……はい!」


 先生の言葉に、由佳は力強く頷いた。

 七海の言葉でまさかとは思っていたが、どうやら由佳が俺の隣に来るらしい。

 七海には少し悪いような気がするが、それは俺にとってとても嬉しいことである。思わず笑みが零れてしまいそうだ。状況が状況なので、なんとか抑えるが。


「由佳ちゃん、ごめんね?」

「あ、ううん……美姫ちゃん、ありがとうね?」

「……別に気を遣ったという訳ではありませんよ? 本当に黒板は見にくかったですし、これは自分のためです」

「そっか……」


 後ろの席まで下がってきた由佳は、七海とそのようなやり取りを交わした。

 実際の所、七海は本当に黒板が見えなかったというだけだろう。由佳と入れ替わるという確証もない訳だし、彼女のためだけに手を挙げたとは考えにくい。

 ただ、由佳と入れ替われたらいいと思ってくれてはいただろう。それは、俺への言葉から間違いないはずだ。


「他に見えないっていう人はいない? ………………よし、それなら今日のホームルームはこれで終わりよ。まあ、せっかくのゴールデンウィークだから皆楽しんでね」


 それだけ言い残して、先生は去って行った。

 俺はそれを見届けてから、由佳と顔を見合わせる。すると彼女は、笑顔を見せてくれた。


「……びっくりしちゃった。美姫ちゃんと入れ替わることになるなんて、思ってもいなかったよ」

「それはそうだろう。七海自身だって、席が決まった時は入れ替わるなんて思っていなかったはずだ」

「そうなのかな?」


 由佳は、可愛らしく首を傾げた。

 何はともあれ、彼女と隣の席になれたのは本当に嬉しい。席替えをすると聞いた時からそうなりたいと思っていたが、こんな形で叶うとは驚きである。


「良かったわね? 由佳……ところで一応私もいるんだけど、もしかして忘れてる?」

「え? あ、もちろん忘れていないよ」

「本当に? なんだか隣の男子に夢中だったような気がするけど?」

「そんなことないない。舞の後ろで嬉しいよ」


 そこで、四条が少しいじけた感じで由佳に話しかけた。

 焦ったような顔をしていたが、由佳はもちろん四条達のことも覚えていただろう。

 由佳があそこまで喜んでいたのは、俺の隣だからという理由だけではないはずだ。四条達の近くである。それも由佳にとっては、重要な要素の一つだろう。


「ふふ、冗談よ。ちゃんとわかっているわ」

「本当に? ……あ、そうだ。舞に少し相談があるんだけど」

「相談? 何かあったの?」

「実はね。隣になった京香ちゃんとね、少し仲良くなったんだ」

「……相変わらず手が早いわね?」

「え? そうかな?」


 由佳は四条と楽しそうな顔を始めた。なんというか、結構長くなりそうな雰囲気がある。

 とりあえず俺は、帰り支度を始めることにした。ただ、どうしようかはまだ考え中だ。別に由佳といつも一緒に帰っている訳ではないのだが、今日は四条との話が終わるまで待った方がいいだろうか。

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