第65話 広がる世界(由佳視点)

「はあ……」


 席に座ってから、私はゆっくりとため息をついた。

 くじ運は悪い方ではないと思っていたのだが、私はその認識を改めなければならないかもしれない。今回の席替えを通して、私はそのようなことを思っていた。

 私の席は、窓側の一番前である。それは別に問題という訳ではない。席が前か後ろかは、私には関係がないことだった。重要なのは、席が誰の近くであるかということだったのだ。


「……瀬川さん、落ち込んでいるみたいね?」

「え? あ、うん……」


 そんな私に、隣の席の臼井うすい京香きょうかさんが話しかけてきた。

 恐らく、私が目に見えて落ち込んでいるから心配してくれているのだろう。


「まあ、理由はなんとなくわかるけど」

「え? わかるの?」

「藤崎君の近くじゃなかったからでしょ?」

「あ、うん……そ、そうだよ」


 臼井さんは、私が落ち込んでいた理由を的確に見抜いていた。

 それに私は驚いてしまう。どうしてわかったのだろうか。


「どうしてわかったの?」

「そりゃあまあ、誰だってわかると思うわよ? 瀬川さんが藤崎君と親しくしていることなんて、このクラスでは周知の事実だし」

「そ、そうなの?」


 私の質問に、臼井さんは笑っていた。思わず笑ってしまうくらい、私とろーくんの関係はクラスに浸透しているということなのだろう。

 確かに、私はろーくんとよく話している。でも舞や竜太君や美姫ちゃんとも話しているはずなのだが、どうして私がろーくんの近くを望んでいたことがわかったのだろうか。


「詳しいことがわかっている訳ではないけれど、久し振りに再会した幼馴染なんでしょう?」

「うん。それはそうだよ」

「でも、それだけじゃなくて……」

「えっ? どうしてそれを……」


 どうやら臼井さんは、私の秘めたる想いまで見抜いているようだ。

 その事実に、私は固まってしまう。まさか、事情をそこまで話していないはずのクラスメイトにまで見抜かれているとは思っていなかったからだ。

 別に知られて困ることという訳でもない気はするが、それでもやはり驚いてしまう。私は、そんなにわかりやすいのだろうか。


「あ、本当にそうなのね」

「え?」

「ふふ、ごめんなさい。少しかまをかけたのよ」

「かま? あ、私見事に引っかかっちゃったんだ」


 臼井さんの言葉によって、私は彼女が何をしたかを理解した。

 なんというか、それは少し恥ずかしい。やはり、私は単純な人間であるということなのだろうか。


「まあでも、なんとなくそうなのかもしれないとは皆思っているんじゃないかしら」

「そうなの?」

「いやだって、普通に考えてなんとも思っていない男の子にお弁当とか作って来たりはしないと思うのだけれど……」

「それは……確かにそうかも」


 臼井さんの理論に、私は納得していた。

 確かに私はろーくんのことが好きだからお弁当を作って来ている。その行動は、とてもわかりやすい行動だったのかもしれない。

 となると、私のろーくんへの好意は周知の事実ということなのだろうか。なんだか益々恥ずかしくなってきた。流石にろーくんへの好意が知られ過ぎていると、色々とまずい気がする。


「うう、ろーくん本人も知られているのかな……?」

「藤崎君に? それは……どうかしら? でも、気付いているなら瀬川さんに対する態度とか変わるんじゃない?」

「あ、それはそうだよね。それなら大丈夫かも」


 ろーくんには、いつか必ず好意を伝えたいと思っている。それは、きちんと自分の口で言いたい。人伝で伝わるなんて嫌だ。

 だから、たくさんの人に知られているという状況はまずいと思った。ただ、まだろーくんに伝わっているということはなそうである。

 とはいえ、もしかしたら時間の問題かもしれない。悪意がなくても噂というものはどんどんと伝染していくものだ。ひょんなことから、ろーくんに私の想いが伝わってしまう可能性は充分ある。。


「……というか、瀬川さんと仲が良い人達は固まっているわね? それもあるから、猶更落ち込んでいるのかしら?」

「……うん。それはそうだと思う」


 臼井さんの言葉に、私は頷く。

 ろーくんの席は、窓側から二番目の列の一番後ろだ。窓際の隣には美姫ちゃん、その反対側には江藤君いる。さらに美姫ちゃんの前には舞がいて、ろーくん自身の前の先には竜太君もいる。

 つまり、ろーくんは仲が良い人達に囲まれているのである。その中に私がいないというのはとても悲しい。くじ運だから仕方ないとはいえ、できれば私もあの中に入りたかった。


「あ、心配してくれてありがとうね、臼井さん」

「え? どうしたの? 改まって……」

「まだお礼を言っていなかったと思って……臼井さんって、優しいんだね」

「別にそういう訳ではないと思うけど……」

「でも、私は声をかけてもらって嬉しかったから」


 そこで私は、臼井さんにお礼を言っておいた。彼女は、落ち込んだ私を心配して声をかけてくれたのだ。その優しさにはきちんと感謝の気持ちを言い表しておくべきだと思ったのだ。


「瀬川さんって、評判通りの人なのね……」

「評判?」

日々菜ひびなからあなたのことを聞いていたのよ?」

「あ、そっか。日々菜ちゃんと臼井さん、仲いいもんね」

「ええ、残念ながら私も彼女とは離れ離れになってしまったけど……」

「そっか……お互い残念だったね」


 臼井さんが、高坂こうさか日々菜ちゃんと仲が良いというのは一年生の時から知っていたことだった。日々菜ちゃんとは去年も同じクラスだったので、話を聞いていたのだ。

 そんな日々菜ちゃんは、丁度江藤君の前の席である。臼井さんは私と同じように、仲の良い友達と近くの席にはなれなかったようだ。


「あ、そうだ。臼井さんのこと、下の名前で呼んでもいい?」

「え? ええ、それは別に構わないけど……」

「それなら、京香ちゃん……これからよろしくね。あ、私のことは由佳でいいから」

「……それなら由佳さん、こちらこそよろしく」


 私の言葉に、京香ちゃんは笑顔を見せてくれた。

 こういう風に新しく友達ができた時はいつも思う。ろーくんが教えてくれたことは、本当だったのだと。

 話してみると皆本当にいい人ばかりである。偶に嫌な人もいるけど、そんなのは一握りだ。

 友達が増えると世界が広がる。世界が広がると毎日がもっと楽しくなっていく。それを私に教えてくれたろーくんには、感謝の気持ちでいっぱいである。

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