第61話 幼馴染の声が聞きたくなってしまった。
『そっか、月宮さんの方も無事に解決したんだね……』
「ああ、お陰様でな……」
家に帰ってから、俺は江藤に連絡していた。
今回の件には、恐らく江藤も関連していると思われる。未だにわかっていないが、多分そのはずだ。
というか関連していないにしても、事情を話した以上は結末も連絡するべきだと思った。江藤も、当然気になっていただろうし。
「まあ、江藤の告白も成功したし、月宮の問題も解決したし、今日はいいこと尽くしだったということだな……」
『た、確かにそうだね……』
「さて、それじゃあ、そろそろ切るか……」
『え? なんだか早くないかな? もう少し話そうよ』
「む? そうか?」
用件が済んだため、俺は電話を切ろうとした。
それは気遣いのつもりだったが、不要だったらしい。てっきり、穂村先輩と色々と話すことがあるものだと思っていたのだが。
『というか、ろーくんは律儀だよね? 電話する前にも電話していいかってメッセージをくれたし……』
「ああ、いや、まあ、それはその……」
『うん?』
「……穂村先輩と連絡したりしないのか?」
江藤の言葉に、俺は思わず質問をしていた。
今日二人は、付き合って初日である。それなら、色々と話したいのではないだろうか。そう思って、俺は勝手に気遣いをしていたつもりだったのだが。
『うーん……そうだね、どうすればいいだろうか?』
「どうすればいいか?」
『いや……今日は連絡するべきなんだろうか?』
「えっと……」
江藤の質問に、俺は言葉を詰まらせた。その質問の意図が読めなかったからだ。
別に連絡することを迷う必要などあるのだろうか。恋人なのだから、遠慮する必要もそれ程ないだろうし、江藤の気持ちがよくわからない。
「連絡して、何か問題があるのか?」
『いや、ろーくんや立浪に結果を報告した後、美冬姉には一回電話をしているんだ。それから少し時間は経った訳だけど、あんまり頻繁に連絡するのもなんというかあれだし……』
「なるほど……まあ、確かにそうか」
江藤は、穂村先輩が自分の連絡を鬱陶しく思うのではないかと危惧しているようである。
確かに、何度も電話するとそう思われるかもしれない。そして、恋人にそう思われたらしばらく立ち直れないような気もする。
「しかしまあ、就寝の挨拶くらいはしてもいいんじゃないか?」
『それに関しては、メッセージで済ませるという手もあるだろう?』
「……でも、声が聞きたいんじゃないか?」
『それは……そうだけど』
恋人なんてできたことはないが、好きな人とどのようにやり取りをしたいかは俺にもわかる。
メッセージでやり取りするのも悪くないが、やはり声を聞きたいし顔を見たいし、触れ合いたいと思うものだろう。
恋人になったのだから、そういった欲求には素直に従ってもいいのではないだろうか。せっかく深い関係になれたのに、その辺りの線引きを今まで通りにしていると、もったいないように思える。
「まあ、俺の考えなんてものは彼女がいない奴の妄想にしか過ぎないからな……江藤が好きなようにすればいいんじゃないか?」
『え? あ、いや、別に僕だってまだ彼女ができたばかりな訳だし、その辺りのことはわからないよ』
「それなら、わかる奴に聞けばいいんじゃないか?」
『わかる奴?』
「ほら、竜太とか」
『あっ……』
「うん?」
俺が竜太の名前を口にした瞬間、江藤は変な反応をした。
何故、あいつの名前で少し気まずそうな反応をするのだろうか。それがまったくわからない。
『あのさ、ろーくん……実は立浪に関して、僕もろーくんも大きな勘違いをしているみたいなんだ』
「ほう?」
『立浪と四条さんは、付き合っていないみたいだよ?』
「……何?」
江藤からもたらされた情報に、俺は思わず立ち上がっていた。
俺は今までずっと、あの二人がカップルであると思っていた。その前提が間違っていたという事実には、驚きが隠せない。
『立浪にカップルの先輩として色々と教えてもらいたいって言ったんだけど、そしたら別に俺は誰とも付き合っていないって言われてね……』
「そ、そうだったのか?」
『ああ、よく考えてみると、僕も本人からそういった話は聞いたことがなかった……人から噂で聞いたりはしていたけどね』
「確かに、竜太本人からその類の話は聞いたことがないな……」
竜太と親しくなってから、俺はあいつと色々な話をした。
だが、あいつから彼女について話されたことはない。四条のことを話すことはあっても、それは恋人としての思い出ではなかった。
思い返してみると、二人が付き合っていないというのは納得できた。どうやら、俺は本当に長い間大きな勘違いをしていたらしい。
「……噂というものは、存外信じられないものだな」
『ああ、まったくその通りだね』
月宮のこともそうだが、四条一派の面々はかなり勝手な噂を流されているようだ。目立つ者達だから、話題の的にされやすいということだろうか。
それはなんとも悲しいことだ。あることないこと言われるという経験は俺にもあるので、四条一派の気持ちは少なからずわかる。
わかるはずなのに、俺は今まで噂をずっと鵜呑みにしてきた。まずはそれを反省しなければならないだろう。
「まあ、それなら竜太からもカップルについてのことは教えてもらえそうにないということだな?」
『あ、うん。そういうことになるかな?』
「それならやはり、江藤がしたいようにすればいいんじゃないか? というか、それ以外の選択肢はない訳だしな……」
『……やっぱり、連絡してみるよ。僕は一日の終わりに、美冬姉の声が聞きたいと思う』
「そうか……それじゃあな」
『うん。ありがとう、ろーくん』
それだけ言って、江藤は電話を切った。これから、穂村先輩と電話するのだろう。
それを俺は、とても羨ましいと思った。一日の終わりに、好きな人の声が聞ける。きっととても幸せな気持ちになれることだろう。
「……由佳の声が聞きたくなってしまうな」
俺は、スマホの画面をゆっくりと見る。
別に俺だって、由佳に電話をかけることができないという訳ではない。ただ、電話をかければいいだけだ。
だが恋人ではないから、やはりそこには他人同士の気遣いというものが生まれてしまう。普通に考えたら、こんな夜遅くに電話をかけるなんて迷惑だ。まさか声が聞きたかったから電話をかけたなんて、言える訳もないし。
「あっ……」
そんな考えとは裏腹に、俺は由佳に電話をかけていた。指が勝手に動いてしまった。それ程までに、俺は由佳の声を求めてしまっているようだ。
馬鹿なことをしているような気がするが、かけてしまった以上は仕方ない。後戻りもできないし、ここは覚悟を決めるとしよう。
「……駄目か」
しかし結局、由佳に電話は繋がらなかった。どうやら、通話中のようである。
なんというか、とても中途半端な結果になってしまった。しかし、これは本当に仕方ない。タイミングが悪かったのだから、諦めるとしよう。
「まあ、間違いだったとでもしておけばいいか……」
由佳にそんなメッセージを送ってから、俺はベッドの上に寝転んだ。
色々とあって、今日は少し疲れている。明日は学校である訳だし、早めに寝て備えるとしよう。
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