第60話 幼馴染とできるだけ長く一緒にいたい。
「あっ……」
「むっ……」
色々と話している間に、俺達は目的地に辿り着いていた。
由佳と話していると、時間の流れが早い。楽しい時間は、あっという間に過ぎていくということだろうか。
「ねえ、ろーくん最後にいいかな?」
「……ああ、わかった」
由佳の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
彼女が何を望んでいるかは、わかっているつもりだ。多分、抱きしめて欲しいということなのだろう。
別れ際、彼女はいつもそれを要求している。だから恐らく大丈夫だ。間違っていたら大変なことになる気もしたが、俺はゆっくりと由佳を抱きしめる。
「こうするのは、久し振りだね……ろーくん、あったかい」
「由佳の方が温かいと思うぞ?」
「そうかな?」
俺が抱きしめると、由佳は嬉しそうに笑ってくれた。
そのことに安心しながら、俺も笑っていた。久し振りの由佳との抱擁はとても心地よい。彼女の温もりには、思わず笑みが零れてしまう。
それと同時に、俺は思っていた。由佳ともっと深い関係になりたいと。
江藤のことがあったからだろうか。その想いは、以前より益々高まっている。
「なあ、由佳……」
「うん? 何? ろーくん」
「あ、いや……」
由佳に話しかけてから、俺は言葉を詰まらせることになった。
勢いに任せて想いを告げるなんてことは、やはりできなかった。そんな風に行動できる程、俺は勇敢ではなかったのだ。
結果的に、俺は唐突に由佳に呼びかけただけになってしまった。そのため、俺は考える。由佳に何を話すべきかを。
「その……もうすぐゴールデンウィークだな?」
「あ、うん。そうだね?」
「由佳さえ良かったら、また一緒に出掛けて欲しい。日付や場所はまだまったく決めてないが……」
「ろーくん……」
考えた末に俺が口にしたのは、遊びの誘いであった。
ふと思ったのだ。俺はいつも、由佳に誘ってもらってばかりであったと。
普通に考えて、人を誘うのには勇気がいるはずだ。断られる可能性だって、あるのだから。
そのため、偶には俺から誘ってみるべきだと思った。断れるかもしれないとか、由佳の都合に合わせた方がいいとか、そういった言い訳はもうしない。
「できれば、由佳と一緒に過ごしたいんだ。ゴールデンウィークの間も……」
「そ、そうなんだ……嬉しい」
「む……」
由佳が、俺を抱きしめる力を強くしてきた。それはつまり、喜んでくれているということなのだろう。
ただよく考えてみれば、後半の言葉は言う必要がなかったかもしれない。いや、由佳が喜んでくれているなら言って良かったのだろうか。
「私も、ろーくんと一緒に過ごしたい……ずっと一緒にいたい」
「ずっと一緒に……そうだよな」
由佳の言葉の真意は、なんとなく理解できた。もうあの頃のように長く離れ離れになりたくないということなのだろう。
それに関しては、俺も同じ気持ちだった。きっと俺はもう由佳のいない生活に耐えられない。それくらい恋い焦がれている自負はある。
だからこそ、俺は告白することができないのかもしれない。断られた場合、俺と由佳の関係は大きく変わってしまう。俺はそれを恐れているのだ。
「だが、四条達とも遊ぶんだろう?」
「あ、うん……そっちも別に予定がある訳じゃないけど」
「まあ、その辺りは調整するとしよう……ああ、ちなみに俺は別にどこかに出かけなくても問題はないぞ? 家とかで過ごすとかでもいい」
「そっか……確かにそれでもいいね」
正直な所、俺は別に由佳と一緒ならどこでもよかった。俺の家でも由佳の家でも、別に問題はないのである。
俺にとって重要なのは、由佳と一緒であるということだった。彼女と一緒なら、場所もすることも関係はない。無論色々な場所に行きたいと思っているし、色々なことをしたいとは思っているが。
「……そういえばろーくん、竜太君と江藤君と一緒にカラオケに行ったんだよね?」
「え? ああ、行ったが……」
そこで俺は、由佳の声色が少し変わったことに気付いた。
なんというか、彼女は少し悲しそうだ。しかし、何故そんな感じなのだろうか。今の会話に、そうなる要素はなかったように思えるのだが。
「ろーくんの初めてのカラオケ、二人に取られちゃった……」
「初めてのカラオケ……まあ、確かにそれはそうだが」
「できれば、私が色々教えてあげたかったな……」
今の言葉は、由佳の独占欲と取ってもいいのだろうか。
もしもそうだとしたら、とても嬉しい。ただ嬉しいのだが、そういう言い方をされると俺は微妙な気持ちになってしまう。
「そう言われると、俺だって由佳の初めてのカラオケは誰かに取られている訳ではあるが……」
「あっ……それは、そうだよね」
「まあ、事前に行こうと言っていたこともあるのかもしれないが……」
「うん、多分それは関係していると思う……」
俺は由佳と一緒に初めてのカラオケに行くという約束をしていた。小百合さんのこともあって結局流れてしまったが、それも考慮するべきだったかもしれない。
「まあ、そうだよね……ろーくんが色々な人と友達になって、色々な所に行くのはいいことだよね。ごめんね、変なことを言って……」
「いや、別に構わないさ」
「それじゃあ、また明日学校でね」
「ああ……」
由佳は、俺をもう一度強く抱きしめてから離れていった。
楽しい時間というものは、本当にすぐに終わるものだ。また明日会えるとはいえ、やはり由佳と別れるのはとても悲しい。
一緒にいればいる程、もっと一緒にいたいと思ってしまう。そんな自分に、俺は思わず笑ってしまうのだった。
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