第59話 俺の憧れは小さな頃から変わっていない。

「……そっか。それじゃあ、江藤君は無事に好きな人と付き合えるようになったんだね」

「ああ……」


 由佳を送っていく帰り道、俺は彼女に江藤のことを話していた。

 由佳自身は江藤とはそれ程親しくしていなかったようだが、あいつが穂村先輩に想いを寄せていたことは知っていたらしい。どうやら、四条一派は竜太経由で大方の事情は知っているようだ。

 そんな関係の江藤の想いが成就したことに、由佳はとても喜んでいた。やはりあまり関わっていなくても、それは嬉しいことであるようだ。


「いいなあ、そういうの……」


 由佳は、ゆっくりとそう呟いた。

 やはり彼女にも、そういったことに対する憧れはあるようだ。

 それは漠然とした想いなのだろうか。それとも、明確に誰かに対しての想いなのだろうか。


「そういえば、穂村先輩ってすごく美人だよね?」

「うん? ああ、まあそうだな」


 そこで由佳から、唐突にそんな質問をされた。

 穂村先輩が美人であるということは確かだ。ただ、どうして今そのような質問をされるのかがわからない。


「ろーくんも会ったことはあるんだよね?」

「江藤に紹介されたな」

「どう思った?」

「どう思った?」

「うん。穂村先輩って、私でも見惚れちゃうくらいだから、ろーくんもそうだったのかなって思って……」


 由佳の質問の意図は、未だによくわからなかった。

 ただ、何を答えるべきかは理解できた。つまり、穂村先輩を見た時の第一印象を言えばいいのだろう。

 正確に言えば、俺は生徒会選挙の時に彼女の姿を見ていたはずなのだが、これは江藤に紹介された時のことを話せばいいはずだ。近くで見たのはあれが初めてであるし、細かいことは気にしなくてもいいだろう。


「まあ、美人だと思ったな……なんというか、映える人だと思った」

「映える人?」

「髪が長いし、背も高いからな。絵になるとでもいうのだろうか? そんな感じの印象を受けたな」


 とりあえず、俺は穂村先輩に感じたことを述べてみた。

 すると、由佳は微妙な顔をしている。そんなにおかしなことを言った訳ではないと思うのだが、どうしてこんな顔をされているのだろうか。


「な、何か変なことを言ったか?」

「あ、ううん。そうじゃないよ。でもなんというか、ろーくんが結構淡白だなって思っただけで……」

「淡白?」


 由佳の言葉に俺は驚いてしまった。自分の先程の言葉が、そのように表現されるとは思っていなかったからだ。

 俺は結構頑張って穂村先輩の印象を伝えたつもりである。しかしながら、淡白と言われてしまうと、自分の表現能力が低いのではないかと少し落ち込んでしまう。


「あ、えっと、詳しく説明してくれているとは思うんだけど……他の皆よりも、冷静っていうのかな? 穂村先輩の第一印象を語る時って、他の人はほわんほわんしてたから」

「ほわんほわん……」

「憧れの人! みたいな感じで」

「なるほど……」


 由佳の言わんとしていることは、なんとなく理解できた。

 詰まる所、他の者達はもっと穂村先輩のことを熱く語ったということなのだろう。

 しかし、俺は熱くなっていなかった。それは、自分でも理解できる。冷静に第一印象を考えていたような気がする。


「あ、でも、竜太君とかもろーくんと同じ感じだったかも……」

「ふむ……」

「私自身もね、そのさっきもそうだったかもしれないけど、結構夢うつつみたいな感じで話してたと思う」

「確かに、そんな感じだったな」


 穂村先輩のことを美人だと言った時の由佳は、確かに憧れているという感じが読み取れるような口調だった。

 つまりああいう感じが普通であり、俺や竜太の反応は例外的なものであるということなのだろう。

 そこで考えるべきは、俺と竜太の共通点ということになる。

 少し考えて、俺は理解した。いくつか思い当たることはあるが、多分これはそういうことであるのだろう。


「まあ、端的に言ってしまえば、俺も竜太も穂村先輩のことはタイプではなかったということなのかもしれないな……」

「タイプ?」

「何と言えばいいのだろうか……穂村先輩は万人受けするような美人ではあるから、ほとんどの男性は憧れるし、女子はああいう風になりたいと思うのかもしれない。だけど、俺と竜太は一般論としては美人であると思うが、もっと憧れる対象があるから感想が淡白になるということなのではないだろうか」


 俺は由佳に対して、非常に回りくどい説明をすることになった。

 言ってしまえば、俺の好みは由佳であり、竜太の好みは四条であるという話だ。ただ、それはこの場で言えることではないので抽象的に言わざるを得なかった。


「……ろーくんは、どんな人がタイプなの?」

「え?」


 由佳のさらなる質問に対して、俺は一瞬頭が真っ白になった。血の気が引くとは、このことなのかもしれない。

 話の流れとして、その質問は非常に自然なものだ。だが、俺のタイプというのは目の前にいる彼女であるのだから、これはとても答えにくい質問である。

 なんと答えればいいのだろうか。俺は必死に頭を動かして考える。この会話の着地点は、とても重要だ。良い答えを絞り出さなければならない。


「え……」

「え?」

「笑顔が眩しい子、だろうか?」

「そ、そうなんだ……」


 俺がなんとか絞り出した答えに、由佳は少し照れたような表情を浮かべた。

 彼女の反応は、悪いものではないように思える。とはいえ、どうしてそのような顔になったのかがわかる訳ではないので、一概に何か言うことはできない。

 今の言葉で、俺の憧れが誰であるかを由佳は理解したのだろうか。もしもそうだとしたら、少し怖い。

 嬉しいはずのことなのに、俺は同時に恐怖していた。自分の想いが知られて、由佳との関係が壊れてしまうかもしれないと。


「……」

「……っ」


 俺がそんなことを思っていると、由佳が俺の手を握る力を強めてきた。

 それに俺は安心する。由佳がそこにいるとより鮮明にわかって、心が安らぐ。

 由佳が先程の言葉をどう解釈したかはわからない。だがどう解釈していたとしても、こうして手を繋いでくれているのだから、きっと何も問題はないのだろう。

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